約 373,649 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5758.html
部室まで戻ったところで橘京子に、ここに超空間が発生していますと説明された。俺がそうかと適当に答えると橘京子は意外そうな顔をしたが、やがて黙ってドアノブに手をかけた。 感触を確かめるように少し回してから、後ろの俺を振り返る。 「では、少しの間目をつむっていて下さい。超空間に入ります」 俺が指示されたとおり目を閉じると、橘京子が俺の手を握った。ほのかな体温が伝わってくる。 その手に引かれて俺は一歩を踏み出した。痛くもかゆくもない。普通にドアを開ける効果音がして、そのまま部室に入っただけに思えたが――。 「これはこれは」 古泉の声で俺は目を開けた。握っていたはずの橘京子の手がいつの間にかなくなっていた。 俺が視線を自分の手から上昇させていくと、そこはただの部室でなかった。ああ、とか何とか声を洩らしたね。見たことのある光景だったからだ。 部屋の中のすべてが、クリーム色に染まっていたのだった。 どこもかしこも、窓の外さえも薄らぼんやりとしたクリーム色オンリーで、雲も太陽も青空も何一つ見えない。薄黄色の霧でもかかってるみたいだ。空気中の窒素に着色でもしたような錯覚を受ける。目眩がするほど懐かしい雰囲気がして、優しい空間だ。これは佐々木の閉鎖空間だと言われれば俺は何も迷いもなく信じ込んでしまうだろう。そのくらい、春に喫茶店で見た閉鎖空間と似ていた。 俺はそこにいる人間を見る。 いつものように足を組んでいる微笑みくん状態の古泉がパイプ椅子に座って俺を見ている。わずかに驚きの感情が含まれていなくもない。 「キョンくん……」 そして制服バージョンの朝比奈さん。口に手を当てて、ひどくびっくりなさった顔をしていらっしゃる。そうか、この二人もここにいたのか。そりゃ、オマケ以上に嬉しいサプライズだな。 そして――。 俺はそこにいるそいつの姿を頭から足までじっくりと見た。 「長門」 俺は吐息を洩らすようにその名を口にした。 窓辺の小さな人影。文庫本を手にしている万能宇宙人の女子。眼鏡をかけているわけでもなく、俺を見て驚いているわけでもなく、ましてやモップのような髪の毛を持ったバケモノでもない。それは、俺を一番安心させてくれる長門だった。 「何と言うべきか……。久しぶり、だな」 思えば先週の木曜以来会っていないから実に五日ぶりである。たった五日かもしれないが、俺には宇宙誕生くらい昔のことに思えるね。 「そう」 この耳に残らない機械的な声も懐かしいものである。長門は短く答えてから俺を凝視すると、また口を動かした。 「よかった」 よく意味の解らないようなことを言ってから黙り込む。古泉が横で愉快そうにしているのは気に食わんが、やっぱり本物の長門だ。 「長門、いきなりですまないが教えてくれ。いったい何が起こってるんだ。それにここはどこだ。いや、何なんだと訊くべきだな」 「ここは超空間」 長門はいたって簡潔に答え、 「この世界に存在する異時空間から情報を取り出して調合した。わたしたちは存在が消されているから肉体の維持は不可能だけれど、意識だけは別物。朝比奈みくる、古泉一樹も概念体としてこの空間に召喚した」 あー。 俺は朝比奈さんと古泉を見比べてどちらにしようかなを行い、古泉を選択して、 「古泉、解説してくれ。得意分野だろ」 長門の説明だけではさすがに解る気がしない。学問に長けた人間なら違うかもしれないが、あいにく俺の頭の成績は底辺あたりをさまよっているのでね。 古泉は、 「僕も長門さんから聞いた限りなのでうまく説明できるかどうか自信がありませんが」 と前置きし、 「まず大本から説明しなければならないでしょうね。なぜ僕たち宇宙人や未来人や超能力者がこの世界からいなくなってしまったのか。先週の土曜日、あなたと議論した問題ですよ。覚えていらっしゃいますか?」 どうやって忘れればいいんだろう。一字一句まで指定しなければ覚えてるぞ。 「上等です。どうやら、あの時僕がお話しした仮説は正しかったようですよ。もちろんあなたもとっくに感づいておられるでしょうが、周防九曜の仕業であるという仮説がね。おそらく何かの実験ではないかと僕は思っています。僕たちを世界から追放するために、ずいぶんと面倒なことをしていますから」 何だそりゃ。 「周防九曜は、涼宮さんの意識に侵入したんですよ。まったく畏れ多いことです」 意識に侵入する? えーっと、意味が解らん。何やらやばそうな雰囲気だけなら察することができたが。 今度は長門が言葉をつないだ。 「彼女は涼宮ハルヒの意識に多大な情報を送り込んで、彼女の脳回線を一時的にショートさせることに成功した。そのショートの瞬間に彼女の意識に潜り込み、とある絶対的なキーワードを涼宮ハルヒの無意識に埋め込んだ。わたしたちの不注意。周防九曜の存在を感知できなくなっていたから涼宮ハルヒに対する攻撃の防御が遅れた。結果として、涼宮ハルヒの無意識に書き込まれた絶対的キーワードは現在、彼女の持つ情報改変能力によって実行されている」 キーワード? 「周防九曜と称された存在が涼宮ハルヒの脳に直接埋め込んだもののこと。絶対的で、涼宮ハルヒは自意識によっても無意識によってもそのキーワードに逆らうことができない」 「それが先週の木曜日の夜でしたかね?」 古泉が訊いた。 「そう。正確には金曜日の、深夜一時十二分十八秒」 そういう役に立たなさそうな知識はいいからそのキーワードってのを教えてくれ。もしかすると、そのキーワードが今回のこれに関係があるんじゃないのだろうか。 「直接ですよ。原因そのものです」 「なに?」 「わたしや朝比奈みくる、古泉一樹が元の時空間から消去されたのはそのキーワードによる涼宮ハルヒの情報改変によるもの」 長門は俺の表情を観察するようにじっくり見て、無感動な声で言った。 「『抹消』。それが周防九曜が涼宮ハルヒに書き込んだキーワード」 抹消。 消してしまうこと。 確かそんな意味だったように記憶している。辞書を引いた覚えはないが、たぶんそんな意味だ。 キーワード。ハルヒの情報改変能力によって実行されている。抹消。 なぜか消えた長門、朝比奈さん、古泉。ハルヒの変態パワー。周防九曜によって書き込まれたキーワード『抹消』 俺は思わずああと声を漏らした。 頭の中にあったパーツとモヤモヤの数々がジグソーパズルのようにきれいに埋まっていくのを感じる。あるべきものはあるべき場所へ。不謹慎だが感服モノだね。 「要するに、周防九曜が涼宮さんの力を利用しているわけですね」 古泉が言った。 「涼宮さんの頭の中に入り込んで『抹消』という絶対的キーワードを与え、宇宙人や未来人、超能力者を次々と消すように仕向けたのです。存在を消すとは雲の上のような話ですけどね。恐ろしいことに涼宮さんの能力を持ってすれば可能になるんです」 「待てよ。それでハルヒは自分が催眠術的に操られていることに気づいてないのか? ずいぶんと派手なことをしてるのに」 「無意識的に、ですからね。そのキーワードが書き込まれたのは涼宮さんの無意識です。また同じく、存在の抹消が実行されるのも涼宮さんが無意識のうちになんですよ。……が、しかしです」 古泉はなんだか爽やかそうな苦笑を浮かべ、 「僕の知る限りですが、一つだけ表だったことがありました。先週の金曜日を覚えていますね。長門さんが消えた一日目です」 一日目というと、朝比奈さんとあちこち歩き回って川沿いのベンチやら長門のマンションに行ったりした日だ。成果はまったく得られなかったが。古泉はあの日、学校を休んでいた。 「あの日、大規模な閉鎖空間が発生したせいで僕は学校を休むのを余儀なくされました。あんなことは今までありえなかった。なぜこんなにも巨大な閉鎖空間が出現したのか謎でしたが、ようやく解りました。涼宮さんの精神が、周防九曜という異物の侵入に無意識のうちに抵抗したんでしょう。閉鎖空間もまた、涼宮さんの無意識を反映していますからね。ただし、閉鎖空間の発生はあれ一度きりでしたけど」 そう言われれば筋の通った理屈だと思うが、あのハルヒが九曜相手とはいえど敗北を喫するとはな。甚だ信じがたい話だ。 「それは僕も驚きましたよ。もしかすると周防九曜の力は涼宮さんの力を越えているのではないかとね。恐ろしい妄想ですが」 そんなことがありえるかよ。 「ありえるんですよ。周防九曜の力が絶大というよりは、涼宮さんの力が弱まっているという意味で、ですけど。最近はどんどん彼女の持つ情報改変能力が失われています。何が彼女をそうさせているのかは不明ですが」 「それは、彼女の欲望が満たされているということ」 不意に長門が言った。機械的な声だった。 「もともと涼宮ハルヒの情報改変能力は彼女が望むような形で使われている。それが宇宙人や未来人、超能力者の存在の意味。ただし彼女は最近、そういう望みのために情報改変能力を使っていない。わたしたちの力が薄れていることがその証拠」 古泉が微笑を消して俺に向いた。やけに真剣な眼差しだった。 「楽しみの対象が変化しているんです。宇宙人という謎的存在から、彼女は今、そういう存在である僕たちと遊ぶことのほうに楽しみを感じています。どうも、非日常は消えゆくものらしい」 ね、とわけの解らん同意を求めてくるが、それはいったい何だ。覚悟しとけという意味なのかね。 俺は不快な気分になって話を変えた。 「で、どうすればいいんだ。あっちの世界で、俺は何をすればいい。どうしたらお前らが戻ってくる?」 「わたしには解らない」 答えたのは長門だった。 「あなたの思うようにすればいい。その結果を、わたしたちは受け止める」 それで黙り込む。妙に突き放された気分になって残る二人を見てみると、朝比奈さんは物憂げな表情をしており、古泉はニヤニヤ笑いに戻っている。というか、さっきから朝比奈さんがまったく発言していないのだがどうかしたのだろうか。 俺が古泉を睨むと古泉は意味もなく肩をすくめた。 「あなたにお任せします。それしかないでしょう。僕たちは何もできないのですから」 「お前はこの空間から外には出られないのか?」 「言ったでしょう。僕たちは涼宮さんによって存在を消去されたんです。つまり、本来なら存在していないはずなんですよ。肉体も精神もね。元の世界に僕たちの痕跡がないのもそのせいです。最初から存在していなければ、それに関する事柄は生まれ得ませんから」 「じゃあお前は何なんだよ。お前は少なくともここにいて、俺と会話してるだろ。これは幽霊か何かか?」 「そんなものです」 マジかよ。 「長門さんの支配者さんが、僕たちを精神概念体としてこの空間にとどめてくれたんですよ。簡単に言えば魂だけみたいな状態ですね。感覚としては閉鎖空間で《神人》と戦っている姿の感覚に近いです」 それは古泉とその他もろもろの超能力者にしか解らんたとえだな。俺は赤玉にはなりたくないし、なる予定もない。 「じゃあ一般人の俺に魂が見えるこの空間は何なんだよ。何だっけ長門、実体のない概念だけの場所だったっけ?」 「そう。ここはわたしが緊急に地球上に作成した超空間。朝比奈みくる、古泉一樹の……避難所、のようなもの。安心していい。他に地球上で削除されたすべての存在は、情報統合思念体が情報を凍結して広域宇宙帯に保存してある」 他の未来人とか超能力者たちか。 「そう」 しかし、何でまたこの三人だけが地球上のSOS団部室にいるんだろうな。他の奴らはみんな宇宙空間でお休み中だってのに。 訊くと、長門はしばしの間、形而上学を幼稚園児に解るように教えろと命令されたような雰囲気をかもしだしていたが、 「そうしたほうがいいように思った」 確かかどうか解らない答えが出てしまったように言った。 さらに一ミリほど首をかしげると、 「よく解らない」 まあいいさ。 俺だって長門や朝比奈さんや古泉が近くにいてくれたほうが嬉しいしな。そんな妙な感情めいた何かを感じられればいいのだ。長門が人間に近づきつつあるのも、ハルヒのおかげ、またはせいなのかもしれない。いいか悪いかは別として。 「あの、キョンくん……」 沈黙の帳が降りようとしていたところで俺の耳が実にいじらしい声を察知した。朝比奈さんだった。今までずっと黙っていたのだ。朝比奈さんはうつむいていて、少しだけのぞく顔は、何か思い詰めたような表情をしている。どうしたんだろう。 「もし橘さんが消されちゃったらどうします?」 「はい?」 「もし橘さんが消されちゃったら、キョンくんはもうここに来れないじゃないですか。それじゃダメなんです」 まるで橘京子が消えるのを哀願しているような表情だ。そりゃまあ、そういうリスクはありますけどね。 朝比奈さんはまた下を向いて、こんなことしていいのかわからないけど、とか、大変なことになっちゃうけど、などもぞもぞと口ごもっていたが、やがて顔を上げた。 「TPDDを、空間移動デバイスにしてキョンくんにあげます」 真摯な顔だった。もしかすると初めて見た表情かもしれない。 TPDDをあげる? 俺に? 空間移動デバイスってのは何だ。 「長門さん、TPDDの性質を変えて空間移動デバイスにすることは可能ですよね?」 「できなくはない。本質的なプログラムは同じだから」 朝比奈さんの問いに長門が冷静に答える。何だ、空間移動デバイスって。説明してくれと古泉を見ても真面目な顔をしているだけで、どうやら教えてくれそうにはない。 「キョンくん、あたしたちが持っているTPDDというのは時間移動の手段だっていうのは知ってますよね。今いる時間平面を踏み台にしてジャンプして、過去にさかのぼったり未来に行ったりできるんです。そのジャンプする手段がTPDDなの」 朝比奈さんが必死に説明してくれる。禁則の塊なのではと思ったが、未来と繋がってない今や、禁則事項は全面解除されているという先週の木曜日の朝比奈さんの言葉を思い出した。 「実を言うとね、時間移動も空間移動も本質的には同じ理論の上で成り立ってるの。両方とも絶対的な概念ではなく相対的な概念だから。STC理論は言語を用いないから詳しくは言っても理解できないと思うけど、そういうものなんです」 「ほう、ではこの空間とこの空間の時間も元の時空間の平面のようなものからずれた位置にあるということなんですか?」 古泉、お前の気持ちは解るが黙ってろ。後でゆっくり聞かせてもらえ。後でな。 「それで、朝比奈さん。TPDDがどう関係してくるんですか?」 「はい。さっき言ったように、時間移動と空間移動が同じ理論の上で成り立っている以上、それを移動する手段も同一性があるということになってくるんです。つまり、TPDDを変形させればこの空間に出たり入ったりすることができる概念的なデバイスのようなものを作ることができるんです。だからあたしの持ってるTPDDを使って、そういう概念を長門さんに作ってもらおうと……」 朝比奈さんの思い詰めたような表情も解るね。 相当な葛藤があったに違いない。俺が未来人の諸事情を察するのもアレだが、TPDDがなければ未来に戻れないのだ。そしてそもそも未来と接続が絶たれている今や、TPDDを失った朝比奈さんは、未来人としての力をまったく持っていないことになる。TPDDの使用にはたくさんの人の許可が必要、と朝比奈さんは言っていた。それだけ重要なものを俺のためにくれるというのだ。本気ならば受け取らないわけにはいかないが、それでも困惑する。 「いいんですか?」 俺は問うた。 「そんなことをしたら大変なことになるでしょう。ただじゃ済みませんよ」 しかし朝比奈さんは首を横に振る。 「いいんです。時間移動できないのでは、TPDDは大した意味を持ちませんから」 それでも俺が何と言っていいものか考えていると、朝比奈さんは柔和に微笑んだ。 「言ったでしょ? 今のあたしは、未来とは独立した存在です。自分が思うこと、したいことをやります。責任を取るのは未来の自分であって今のあたしではありませんから。未来なんて関係ないんですよ?」 * 結局、朝比奈さんのTPDDは長門の言うところの超空間移動プログラムとなって俺が持つことになった。TPDDの亜種らしいが俺には理解できん。とりあえず、元の世界とこの部室の空間とを移動する手段だということを知ってればいい。 「何か実体のある物質を。できれば金属類が好ましい」 先ほど朝比奈さんの頭付近から何かをかすめ取るように手を動かしていた長門が、俺に向けて言った。小さな手のひらが俺に差し出されている。 「金属って、何に使うんだ?」 「超空間移動プログラムを書き込む。あなたの頭脳に概念を埋め込むわけにはいかないから」 長門は続けて、 「変形させても構わないもの」 さてそんな金属類に持ち合わせがあっただろうか。一円玉なら五枚ほど出せるが。 「それでいい」 俺がサイフから出した一円玉を長門の手に握らせてやると、長門は一円玉の上にすっと指を這わせた。 と、一円玉が無惨にもぐにゃりと変形して渦巻き状になった。三年前に長門のマンションで見たあの技だ。分子の結合情報がどうたら、とかってやつだろう。俺がその様子に目をとられていると、あっという間に渦巻きは形をなすようになり、一円玉ではない別の物になった。注射器でも短針銃でもないが。 「鍵……か?」 「そう」 手渡してもらったそれはずいぶんと軽かった。アルミ製だからか。ところでこいつはどこのドアを開けるためにあるんだ? 「この部室の扉。超空間移動プログラムが書き込まれているから、元の世界で扉の鍵穴に入れればこちらの空間に来れる」 それはまたやたらに希少価値の高い鍵だな。ママチャリの鍵と間違わないように工夫しておく必要があるだろう。 俺は長門、朝比奈さん、古泉に目を向けて、 「ありがとよ長門、それと朝比奈さん。俺にはちょっと手に余るアイテムな気もしますが……。そういや、この空間が九曜に潰される恐れはないのか?」 「ない。彼女には解析不能だし理解も不能なコードを設定したから」 橘京子も言ってたっけな。解析に時間がかかったって。 「あと古泉、長門から聞いてるかもしれんが元の世界にはお前の偽者がいるんだ。もちろん長門や朝比奈さんの偽者もだが」 あえて九曜とは言わず偽者とだけ言っておいた。 「知ってますよ。長門さんに教えてもらいましたから。とりあえず僕たちを置換したような存在らしいですが、真意は測りかねますね。なにしろ総括しているのが周防九曜ですから」 「ああ。お前はボードゲームの腕でも磨いてろ。どうもあっちの偽古泉はゲームが強いらしくてな、オセロは今のところ俺が全敗だそうだぜ」 「それはそれは、僕も精進しなければならないでしょう」 朝比奈さんについては……まあこの朝比奈さんのほうが可愛らしいし性格もいいだろうが。色気があるのも悪いことではないが、ちょっと恥じらってるくらいのほうが見栄えがするんですよ。いや俺の好みだけどさ。 「じゃあな。次にいつ来るのか知らないが、世界が元通りになるまでは絶対そこにいろよ」 三人に向かってそう言ってから俺は扉に手をかけた。やっぱりこっちのほうがいいね。世界が違おうが、大切なのはそこにいる役者だ。SOS団の正しい五人じゃなけりゃ、俺はすぐさま退団してやる。 * 橘京子は元の世界に戻ったときにはいなかった。そういえばなぜあいつが他の超能力者と一緒に消されていなかったか謎だが、そんなことは後でいくらでも考えればいい。 放課後、正直部室に足を運びたくなかった。九曜に対する畏怖の念があるのだ。かといってこのまま帰っても、あからさまに敵意があって警戒していると取られるかも知れないし、そもそも九曜にそんな地球上の概念で成り立っている敵意とか警戒とかいうものが通じるかどうかも知らんのだが、はてどうしたものか。 扉の前でいっそのことさっきもらった鍵を鍵穴に差し込んでやろうかなどと逡巡していると、ハルヒと鶴屋さんが揃ってやってきた。とりあえず思考中断。なんで鶴屋さんがいるんだろう。 「合宿のための買い出しに行くのよ」 そういえば昨日そのように宣言していたな。 「どうせだから鶴屋さんも一緒にと思ってね。合宿には鶴屋さんも行くわけだから」 「いやあ今日はすることもないし、ウチにいてもヒマなだけだしねっ。せっかくだからハルにゃんたちの買い物に付き合うっさ」 「と、いうわけよ」 ハルヒは極上の笑顔であり、俺に反論の余地はない。さすがに俺も九曜どもを連れて買い物に行かなければならないと言われると困るが。 「ほらキョン、なに立ち止まってるのよ。ちゃっちゃとドア開けなさい」 「……ああ」 無意識のうちに長門がくれた鍵に触れていた右手をポケットから出して、ドアノブを回した。いざとなりゃハルヒと一緒だ。大丈夫だろ。 「お待たせえー!」 ハルヒが大声を出して入っていく。鶴屋さんが俺を見て、一瞬怪訝な顔をしたようにも見えた。仕方がないので俺も続いて部室に入る。見ると、やはり長門のところに座っているのは九曜であり、朝比奈さんと古泉には奇妙な違和感がある。吐き気がするね。ハルヒは何を屈託もなく有希だとかみくるちゃんだとか言ってやがるんだ。ふざけやがって。 ハルヒに離れろと言いたくても言えない俺を見てか、偽古泉のヤツが俺を見てあざわらった。お前はどこの悪キャラだ。 「お帰りになったんじゃないんですか?」 俺は自分の顔が引きつるのを感じながら、 「ちょっと用があったんだよ。それだけだ」 「そうでしょうね。あなたの鞄はまだここにありますから」 ひょいと俺の鞄をつまみ上げてよこしてくる。それだけで通学鞄がひどく汚染された気がした。偽古泉は卑しく笑っている。こいつは解っててやっているのだ。 「じゃあ今度こそ帰るんですか?」 「別に」 俺は吐き捨てるように言って、壁に立てかけてあった新しいパイプ椅子を広げて腰を降ろす。 「キョンくん、お茶ですよ」 偽朝比奈さんがお茶を持ってきたので反射的に礼を言って口をつけようとしていたが、ギリギリで思いとどまった。中に青酸カリでも入ってたらたまったもんじゃない。ハルヒの手前湯飲みごと投げるのはどうかと思ったので、なるべく自然な動作で湯飲みを机に置く。無論飲む気はゼロだ。 「飲まないんですか?」 また偽古泉が笑ってやがる。やめてくれ。発狂しちまいそうだ。 俺はテーブルに突っ伏した。目眩がしてくる。パラレルワールドにただ一人取り残されちまったらきっとこんな思いなんだろう。異常なまでの違和感。 ハルヒが何か言っている。買い物がどうとかいった、ごく平凡な話だ。何も知らずに天下を取れるんだから、いいよなこいつは。それが幸福か不幸かどうかは知らないが、一日くらい代わってみたい気はするね。 俺は伏せた腕と机のわずかな隙間から周防九曜の姿を捉えて、たまらず立ち上がった。我慢できん。 「どきやがれ」 窓辺の特等席で、長門の本を広げているのは長門であって長門ではない。少なくとも俺にとってはこいつは危険因子以外の何者でもないのだ。 そよと風が吹いてサラサラという音がした。七夕の短冊が揺れている。そこに書いてあるのは団員の願いだが、それは断じて団員の願いなどではない。これがここにあるのは、“こいつら”がここにいるからだ。こんなもん、片っ端から破り捨ててやりたい。 「――――」 九曜は無言で俺を見つめている。本気で長門に成り変わろうとでもしてるのか。いい演技力だ。しかし俺は騙されん。 「そこはお前の席じゃねえ。長門の席だ」 九曜は真っ黒な瞳を俺に固定して動かさない。まるで言語を持たない機械に怒っているような感じだ。確信した。こいつは長門にはなれないね。ほら、どけって言ってんだろ。 「……ちょっと、キョン?」 ハルヒが重たげな視線を俺に投げてきた。悪いなハルヒ、ちょっと黙っててくれ。 「周防九曜、それがお前の名前だ。何でこんなことをした。目的は何――」 「あれれっ、キョンくんすごい汗じゃんっ」 俺の声は鶴屋さんに遮られた。ふとして額に触れてみる。初夏の暑さのせいではなく、俺の手にはべっとりと冷たい汗がついていた。 「具合が悪いんじゃないのかな? 夏カゼはタチが悪いのさ。今日は早く帰ったほうがいいんじゃいかいっ?」 俺は鶴屋さんを見る。厳しい表情をしていた。顔は笑っているが目に強い輝きがある。何かを察して配慮してくれてるのはありがたいのだが今の俺はそのまますごすごと引き下がるわけにはいかんのだ。こんな間違ったSOS団のまま記憶が完全にインプットされちまうようなことだけは許される事態ではない。 「大丈夫ですよ。カゼなら後で薬を飲みますし」 ぐぎぎ。 俺の腕の関節が立てた音だ。痛え。 何てこった。鶴屋さんが誰にも見えないように隠して俺の右腕をつかんでいる。ちょっと、それ以上やると骨が折れますけど。 「キョンくん、何があったのかは知らないけど今日は帰んな。そのほうがいいよっ。もし話があるなら聞いてあげるからっさ」 なんということだ。直感か? 鶴屋さんは本当に何も知らない人間なのかと疑いたくなるくらいだ。いや、というか常人でも解るんだろうな。九曜の持つ異常性とかが。 「何キョン、あんた風邪引いてたの? ふーん、バカはカゼ引かないんじゃなかったっけ?」 「ああ、どうもカゼらしい。ついでに言っとくが、そんな大昔の言い回しを張り合いに出すもんじゃないぜ。現に谷口だってカゼで休んだだろ。……あいや、あれはアホだったか」 などと言っている場合ではない。仕方がないが鶴屋さんの指示に従うしかないようだ。鶴屋さんが知ってるのか知らないのか、知ってたとしてどこまで知っているのか多少気にはなるが、今気にしていても仕方ない。どっちにしろ九曜側について俺たちを翻弄するような役目でないことは確かだ。 「キョンくん、下駄箱んとこまで送ってってあげるよっ」 鶴屋さんはそう言いながら俺の返事も聞かずに部室の外へと出ていく。断るまでもないか。 九曜と古泉、朝比奈さんは特にリアクションすることもなくただこっちを見てるばかりで、俺がいようがいまいがどうでもいいらしい。ハルヒは鶴屋さんと一緒に部室から出ていく俺を見て口をアヒルにしていたが、 「明日は来なさいよね!」 今日のところはこれで勘弁してやる的口調で俺を見送った。俺は迷った末に、とうとうハルヒに向けて言ってしまった。 「SOS団を忘れるなよ。ただの人間じゃない奴らの集まりってのが定義だぞ」 ハルヒは、はあ? とか言った。当然か。 部室棟の廊下を歩き階段に差し掛かったあたりで、俺はどうしても耐えきれなくなって訊いてみた。鶴屋さんはずっと黙っていたが、それは訊かれたら答えるという鶴屋式の構え方なんだろう。 「鶴屋さん、あなたいったいどこまで知ってるんですか?」 案の定鶴屋さんはおかしそうに首をかしげ、 「その質問は前にも受けたねー。いつだったっけ、二月ぐらいだったかな?」 朝比奈さん(みちる)を頼んだときでしょう。ずいぶんお世話になりましたから覚えてますよ。 「うん。でもね、あたしの答えはあんときと変わらないさっ。あれから別に誰かから教えてもらったとかいうこともないしね。なーんとなーく違うのかなーってのがはっきりしてきただけだよっ。今は、もしかしたらあたしの他にも気づいてる人がいたりいなかったりすんのかなーて思うけどね」 それはそら恐ろしい話だ。間違ってもハルヒに気づかれるわけにはいかん。 「でもねえキョンくん、やっぱり一人だけ浮いてるのはあたしじゃなくても何かあるなーって気づくと思うのさっ」 「誰のことっすかね。ハルヒか、それとも俺ですか?」 これではSOS団に裏があるのを認めたも同然だなとか思いながら訊く。鶴屋さんはなぜかたははと笑って、 「有希っこさ」 と言った。 ああ長門ね。そりゃ読書好きで無感動無口ときてるわけだから性格的には浮いてるのかもしれんが、あいつだって感情が薄いだけで表に出ないだけなんだと思うけどな……。 そこらへんまで考えたところで俺は鶴屋さんの言っている有希っこってのが長門のことではないと気づいた。ここでの長門というのは九曜のことだった。 「なんかね、あたしはコトの内側には入るつもりないんだけど、あの子見てるとときどきフラッと吸い寄せられそうになるんだよね。影響力が強いってか、そんな雰囲気があるのさ。あの子だけはみくるやハルにゃんや古泉くんやキョンくんとは違ってんだっ。はあー、不思議なんだなぁ」 鶴屋さんは感慨深げにため息を吐いてから俺に目を向け、 「キョンくんは何か知ってるのかい? 有希っこのことや、他の人のことも」 「さあ、どうでしょうね。知ってたとしても教えるわけにはいきませんけど」 「まあいいよっ」 もし厳しく言及されてたら答えていただろうかと思う俺をよそに、鶴屋さんは軽快に笑った。 「どっちにしろあたしが入れる輪じゃないしねっ。なーんもわからないけど、それだけは解るのさっ。あたしはたまに合宿なんか一緒に行かせてもらうだけで楽しいんだ! その奥に、何か深い設定があってもなくてもね!」 本気なのか冗談なのか俺には見当もつかない。それ以上は真相を口走ってしまうような気がして、言葉がつなげられなかった。 まもなく俺と鶴屋さんは下駄箱に到着した。その頃には話題も当たり障りないものとなっているわけだが、その話に身が入っているかと言えば否定せざるを得ない。 「じゃあね、キョンくんっ。もし帰り道で誰かさんに襲われる危険性があるんなら、あたしがガードマンになったげようか?」 その可能性は捨てきれなくもないが、そこまでしてもらうのは後ろめたい。 「大丈夫だと思いますよ。とにかく、今日は早く家に帰って寝てます。……それで、鶴屋さんはあいつらの買い物に付き合うんですか?」 「うん。何だろうとヒマなのは変わりないしね。ここで待ってることにするさっ」 気をつけてとかいう類の言葉をかけるべきだったのかもしれないが、さすがにそれははばかられ、代わりに「ハルヒによろしく言っといてください」と言った。鶴屋さんは俺の真意を読みとるようにじっくりと顔を眺めていたが、それもわずかな間のことで、けろりと笑って伝えとくよと返した。 俺はそのまま校門を出た。帰路だ。 * 家に帰るなり、俺は疲れを隠すことなくベッドに倒れ込んだ。勉強机の上には数学等の教科書が雑多に散らばっているが、とても手を出す気はしないね。こんな状況下で勉強しようと考えつくのは相当に頭がオシャカになってる人間だけだ。いや、勉強で現実逃避というのも珍しいがアリと言えばアリだけどな。俺はまだ現実を見つめるさ。もっともこれが現実だったらの話だが。 むしろこうやって意味のないことを考えていることすら現実逃避なのではなかろうか。九曜に対抗策がないというか何をしていいのやらさっぱりなのは事実だが、それはさておきどうにかなる努力を俺はしてきたのか? 橘京子、ハルヒ、九曜。異空間の部室にいた三人と、そこでもらった鍵。 パーツはある。しかしそれをどう組み合わせればいいのか解らないのだ。肝心なところが抜け落ちている。何か、キッカケのようなものがあれば、あるいは……。パーツを組み合わせて結果を出せる、何か。 クソ、また「何か」か。 結局具体的なことは何一つとして出てきやがらない。何があればこうなって、その結果こうなるという予測すら立たないのだ。橘京子やその組織に九曜に対抗できるだけの力があるとは思えないし、そもそも古泉と一緒に消えてなかっただけ僥倖と取らなければならないだろう。他に残された可能性としては佐々木とハルヒだが、佐々木にこんな厄介ごとを背負わせる気は毛頭ないし、背負わせたところでどう変わるものでもない。あいつはハルヒみたいな破滅的パワーを持っているわけではないからな。 しかし、そのハルヒならどうにかなるかもしれん。長門や喜緑さんのような情報統合思念体製のインターフェースがいない今、九曜のようなヤツに対抗できるのはハルヒだけだ。お得意の、情報改変能力ってやつでな。しかしハルヒはジョーカーだ。めくってみたところでどうにかなる保証はどこにもないし、もしかしたらジョーカーと思わせてトーフだったりするのかもしれん。だからやっぱり、ハルヒにしても他の可能性にしても大丈夫だという確信がない。 最後に頼れるのは、と思った。 最後に頼れるのはSOS団そのものである。それしかない。 ハルヒが本当のSOS団を覚えてくれていれば、もしかするかもしれないのだ。あの九曜がいるような団が偽物だと解れば、ハルヒは全力で反抗するに違いない。とんでもない力を使って、だ。 そのためにはハルヒに未知のものへの興味があることが必要不可欠なのだ。ただのお遊びサークルのSOS団なら、ハルヒが取り戻そうとはしない。今の偽物でも代役が務まって、充分だからだ。そうではなく、もしハルヒに宇宙人やその他もろもろへの未練があるのならば、ハルヒが団員としてかき集めてしまった長門たちをもう一度集合させるはずだ。ハルヒが一年の四月に集めたのは九曜ではなく、長門だったのだから。九曜では役不足である。 そうなることを願うしかない。 ハルヒがSOS団を覚えていて、かつ謎の存在に未練が残っていること。 はっきり言って可能性は低い。最近のハルヒの様子を見れば、あいつには合宿で仲間と遊ぶことしか眼中にないのが解る。それでも俺は信じるしかないのだ。まったく、いつもは長門たちが早くまともなプロフィールに戻ることを望んでいるというのに、何で今回に限って正反対のことを考えているんだろうね。 まもなく妹がシャミセンと共にふらりとやってきて晩飯の完成を告げた。どうもメシが味気なかったような気がするのは、本当に味付けが薄いからなのだろうか。どっちでもいいが。 その日、見事なまでに誰からも電話はなかった。佐々木からも橘京子からも、偽古泉からもな。こっちから電話するのも何だか面倒に思われて、風呂に入った後はベッドに伸びるばかりだった。何をやってんだ、俺は。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4245.html
NG集 プロローグ 「気がついた!」 ハルヒが突然俺のネクタイを締め上げた。いつだったか似たようなシーンに遭遇した覚えがあるぞ。 「く、苦しい離せ」 「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら!」 「何に気づいたんだ?」 「自分で宗教を作ればいいのよ!涼宮ハルヒ教よ!」 誰がお前なんか拝むんだ。古泉が喜ぶだけだろ。 「お呼びに応えて参りました。ラマ僧の古泉です」 「いえいえ、わたしが巫女としてお仕えするわ」 「……いざなぎのぅ、アッラー南無阿弥アーメン華経~」 仮説1 十年後。 「ちょっとキョン、このロウソクの明かりでわびしく仕事するのなんとかならないの」 「電気代払ってねえからしょうがないだろ」 「えーい、こうなったら株に投資よ。新聞を過去の私に送ったら値上がり銘柄が分かるわ。もうウハウハよ」 「そんなことをしたら日本経済が混乱するぞ」 「そうだわ、これをネタに資金調達できるわね。市場を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの投信をよろしく!」 ブラックマンデー、再び。 仮説1 ── 敵の本拠地に潜入した。人影が多い。まだ武器は調達できていない。M9かMK22が必要。擬装用にダンボール箱も欲しい。誰か来る。目標を捕捉した。二十三才男性、身長体格髪の色、データと一致する。これより背後から襲う。まずい、目標がこっちにやってくる。偽装は完璧のはず。発見されたのか!? 「ロッカーの中でなにやってんだ長門」 仮説2 「おおジョン、ジョン、あんたはなぜジョンスミスなの?」 「は?何言ってんだこいつ」 「あたしのことが好きなら、あんたの親父さんを捨てて、苗字を捨てなさい。それがいやなら、あたしに愛を誓いなさい。そうしたら、あたしは涼宮家の人でなくなりましょう」 「す、すまんが、お前の気持ちには応えられないんだ」 「ひ、ひどいわひどいわっ。あたしをもてあそんだのねっ」 「あらら、女の子を泣かしちゃだめよキョンくん」 「まったく、女性を泣かせるなど火あぶりの刑に処せられるべきですよ」 「……この銀河始まって以来の、悪事」 お、おまえら……(ワナワナ)。 仮説2 「みんな、冒険の旅に出るわよ!」 「いきなり何なんだ。どこになにしに行くんだ」 「目的なんてなんでもいいわ、指輪でも聖杯でも。言っとくけど勇者はあたしだからね」 「僧侶なら僕にお任せを」 「……魔法使いなら、得意」 「じゃ、じゃあわたしは吟遊詩人で」 「ってキャラ全部埋まってんじゃん、俺はなにをすりゃいいんだ」 「あんたはただのしかばねでもやってなさい」 仮説3 「話ってハルヒのことか」 こういう内緒話はたいていハルヒの能力に関わることだが、俺はいきなり腹にボディブロウをかました。腹をおさえてうんうん唸っている俺(大)を尻目にセキュリティカードを取り上げドアを開けた。あいかわらず人を信じやすい性質だ。 俺は部屋に戻るなりハルヒに向かって叫んだ。 「ハルヒ、お前に言ってなかったことがある!」 「な、なによいきなり」 「じ、実は俺はジョンレノンなんだ!」 「バッカじゃないの、ギターかかえてイギリスに帰りなさい」 アワナホージョーハーン。 仮説3 「キョンくん、お話したいことがありますっ」 「キョンくん、わたしもお話したいことがありますっ」 「わたしはこの時代の人間ではありません」 「わたしもこの時代の人間ではないんです」 「ずっと未来から来ました」 「ずっとずっと未来から来ました」 「いいえ、わたしはそのまたずっと未来から」 「いえいえ、わたしはずっとずっとそのまたずっと」 もう二人とも未来に帰っちゃってください。 仮説3 「みんな、みくるにタイムマシンが戻ったようだから、時間を遡ってタイムマシンの破壊工作を実行するよ」 タイムマシンを使って別のタイムマシンを壊しに行くなんて、なにか間違っている気もするが。それを聞いて新川さんが真っ青な顔をして叫んだ。 「ま、待ってくれ」 「新川さん、どうしたの?」 「ダンボールだ、ダンボール箱がない。あれがないと戦えないっ」 「森軍曹、彼にちょっと眠ってもらって」 仮説3 「ここでいいよ」 俺は公園のベンチの前で別れを告げた。 「……そう。気をつけて」 「お前も元気でな」 長門は俺の目をまっすぐに見詰め、しっかりと親指を立てた。 「……I'll be back」 号泣。 仮説4 次の日、ハルヒからミーティングの召集がかかった。 「みんな、時間移動技術会議よ。キョン、記念すべき第一回なんだから居眠りなんかしてたら減俸だからね」 俺には懸念すべき、 「……誰がうまいこと言えと」 仮説4 「長門、給与明細作ってんだが、あんときのゴニョゴニョの部分を教えてくれ」 「……分かった。再生する」 『いいわ、いくらほしいの?』 『ええと、コスプレ技術者手当てとして、毎月の給与に十万円上乗せで』 『それはちょっと高いわ。じゃ、これくらいで……一日の初乗り五千円、以降三十分ごとに千円』 ってタクシーかよ!十万上乗せって未来人の金銭感覚はどうなっとるんだ。 仮説4 「東中より出ずる、やんごとなき雅な涼宮ハルヒにおじゃる。宇宙人、未来人、超能力者がおれば麿のところへ参れ。いぢゃう」 唐突になに言ってんだこいつは。 「涼宮さんはなってみたいんですよ、おじゃる丸に」 「これキョン!そちは麿のプリン食べたでおじゃろう!?」 「イタタ、杓で叩くでない。俺は食べておじゃりませぬ」 仮説4 そりゃそうと紙に書かれたもんがほとんどない。和紙みたいなごわごわした厚い紙があったが、丁寧に綴じてあった。紙がないってことは、トイレでかなり苦労するぞ。忘れてた、トイレはどこだ。 「すいません、トイレはどこでしょうか」 「はい?トイレとはなんでございましょうかミコ様」 「ええと、便所、カワヤ、いや雪隠、ええい御不浄」 「あ、バスルームのことでございますね」 って英語かい! 仮説4 ブゥードゥー伝来お寺にご参拝 鳴くよウグイスこけこっこー なんと平凡な平城京 涼宮がいい国作る鎌倉幕府 「す、涼宮さんのせいで歴史が……日本史が・……ああ」 「朝比奈さん、しっかりしてください。おい誰か救急車!」 仮説4 7年前。 「おかえり有希。内部的なエラーが頻発してたそうだな」 「……そう」 「無理なら誰かと代わってもいいんだぞ。一人娘に苦労させるつもりはない」 「……くそったれ」 「い、今なんと言ったぁああ!お前をそんな下品な子に育てた覚えはないぞ!ぺしぺしっ」 「……ごめんなさいごめんなさい」 「長門、どうしたんだ涙目になってるが」 「……あなたが、悪い」 仮説5 三人でいただきますを言って善哉を食った。餅がうまい。小豆もうまい。 「長門さん、おかわりたくさんあるからね」 「……うん」 心なしか長門の頬は緩みっぱなしなようである。長門はその後もおかわりを続けていたが、途中で顔を真っ赤にして箸が止まった。 「おい、長門どうした」 揺すってみるが目が点になったまま固まって動かない。まさか善哉がうますぎて機能不全とかじゃないだろうな。 「もしかして餅がノドに詰まったんじゃ」 「ええっ!?」 俺は長門の背中をドンドンと叩いた。 「長門、長門、しっかりするんだ」 「……ぷは」 創立総会議事録(未使用) 「ええと、株式会社SOS団の創立総会を開会したいと思います。議長はわたくしキョンでよろしいでしょうか。異論がなければ満場一致をもって、」 「裁判長、異議あり!」 裁判じゃないっての。 量子猫 吾輩は猫である。名前は呼ぶな。どこで生まれたのかとんと検討がつかぬ。 ただ、なんでも、暗いじめじめした箱の中でみゃーみゃー泣いていたことだけは記憶している。 目を開けると光の中にいた。そこがどこなのか吾輩には分からなかった。 誰かに呼ばれたような気がして、そちらに歩いていった。はて、吾輩の名前は誰も知らないはずなのだ。 吾輩は匂いをかいだ。人にしては匂いが違う。指をなめてみた。味も違う。 人の形をしたそれは吾輩に向かって「ミミ」と呼んだ。 それが吾輩の名前になった。 10年後 「なるほど。MOREってこんな雑誌だったんですか……スタイルごとにすべてキャッチがあって、洗練されていますね。まったく新世界です」 「よっ古泉じゃねえか。立ち読みか?」 「うわあ、こっこれはなんでもありません」 なんだアイツ、走って逃げやがった。 師走の朝、吐く息も白く曇る冷たい乾いた空気の中、長門が通りの向こうから歩いてきた。いつものダッフルコートを着ていない。 「おう、おはよう」 「……おはよう」 「そのコート、新しいな。買ったのか」 「……そう」 厚手のこげ茶のコートに身を包んでいた。フードはないが、生地が柔らかくて暖かそうだ。 「……」 おもむろに長門が俺の腕に寄り添った。 「……ぴと」 「なんだ?」 「……カシミヤ効果」 ハルヒのワームホール 四人は顔を突き合わせてあれやこれやと意見を出し始めた。 「これはミステリーですね。密室にあったはずの手紙はどこへ消えたのか?」 推理好きな古泉が安っぽいサスペンスドラマっぽく仕立て始めた。 「壁の向こう側から盗まれたんじゃないかしら?」 朝比奈さんが穴の奥の壁を探っていた。 「向こう側は廊下ですよ。それに穴は鉄筋で止まってますから」 「……」 長門だけはじっと考え込んでいた。 「どうした?」 「……この穴の内壁」 穴の内側をなぞっている。指先に、微妙に光を反射する粉がついていた。でこぼこを埋めたときの石膏かと思ったが、そうでもないようだ。 「……ぺろり。これは、エキゾチック物質。……うぐぐぐ」 「長門が泡吹いて倒れたぞ、おい誰か救急車!」 次回予告 「次回、涼宮ハルヒの経営Ⅱ!」 「え、次お水関係?」 「我が団には豊富な人材が揃っているわ。みくるちゃん、特注の衣装用意しといたわよ」 「こ、こんな裾の短いスカート履けません。それにこんなスケスケ!」 「では僕が着て進ぜましょう」 「あらっ似合うわよ古泉くん」 「俺は何すりゃいいんだ」 「キョンは芸がないんだから客引きでもしてなさい」 「はいっそこのお兄さん今日だけ千円ぽっきり!宇宙人未来人超能力者、いい子いるよっ」 「……シャチョサン、ビルノムカ」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3189.html
突然ですが、ここで問題です。 複数の組織から「進化の可能性」、「時間の歪み」、「神」などと呼ばれ、しかし自分は「団長」だと信じてやまないのは誰でしょうか? …………………………………………。 はい、答えは「涼宮ハルヒ」です。画面の前のみんなは、わかったかな? なーんて紹介の仕方をしてみたが、この涼宮ハルヒ、大学生になった現在も全快ブッチギリである。 何が全快ブッチギリかと言えば、もうお分かりだろう。SOS団の活動、および日頃の傍若無人っぷりだ。 高校卒業から大学進学、それから2年への進級と色々やらかしてくれたりしたがここはごっそりと割愛しよう。きりがないからな。 まあ紆余曲折あって現在もあの閉鎖空間を発生させたりなんやりする能力は健在な訳で、 それを監視する立場の朝比奈さんや長門、古泉も毎度の騒動に巻き込まれ続けている。 誰が望んだのか俺とハルヒと長門と古泉は揃いも揃って同じ大学に入学。まあこうなるにも色々とあったが割愛だ。 朝比奈さんはどこかの会社に就職したことになっているが、どこで働いているのかを尋ねると、 「禁則事項です」 の一点張り。その麗しい唇は硬く閉ざされている。 して、今回はクリスマスの特別イベントとしてハルヒが「SOS団クリスマス大かくれんぼ大会」なんてものを企画したがために これまた厄介な出来事に、鶴屋さんや妹も含めて巻き込まれていく訳だ。 いい加減、普通のクリスマスを過ごしてみたいもんだぜ……。 さて、季節は誰がなんと言おうと冬。 今年ももう来年へ渡す襷を肩から外し、ひっしとその手に握って中継所へとラストスパートかけている頃だ。 何事もなくその襷リレーが行われればよかったのに、涼宮ハルヒはそれを許さなかった。 昨日、ハルヒから、 「明日朝8時に駅前に集合ね。泊まりの準備もしといて。遅れたら承知しないから」 との電話がかかって来た。今日は12月24日。ご存知のとおり、クリスマスイヴである。 まあ、SOS団がクリスマスに何かしでかさなかったことなど一度もないし、今年も覚悟はしていたがこういう連絡はもっと早い段階でしてもらいたいもんだ。 とは言え、俺は事前にハルヒから連絡が来ることを知っていた。ソースは、現在何故か俺の隣の部屋に住む鶴屋さんだ。 なんでも鶴屋さんの実家が所有している別荘を使えるように古泉から要請があったらしい。 「一樹くんからは何するかとかは聞いてないけどさっ。ハルにゃんのことだから楽しいことになるんじゃないかなっ」 と鶴屋さんは笑っていたが、俺からすればそんなウキウキ気分なんかには全くなれず、 どうせ起こるだろう突拍子もない事件に思いを馳せれば、ツーメランコリーな気分になる。 鶴屋さんもわざわざ別荘を提供しなくてもいいんですよ? ここ最近は俺の部屋に居候中の、やけに早起きな妹によって6時前の起床を余儀なくされていた。 だからハルヒの設定した集合時間の8時には楽勝で間に合い、ちんけな罰ゲームを受けるにいたるはずはなかった。 なかったはずだったんだ…………。 朝、目を開けると外はすっかり明るくなっていた。 妹より先に起きちまったか。 そう思って時計を見た瞬間、俺の背筋は液体窒素にぶち込まれたバラの花の如く凍りついた。 枕もとの時計の長針は6を、短針は7と8の間を指していた。 俺が約20年の人生で得てきた知識をフル動員するとそれは7時30分を表している。 どう考えても遅刻です本当にあり(ry などと誰に向けているのかよく分からない感謝などしている場合じゃない。 安らかな顔で眠る妹を叩き起こして驚くべきスピードで準備し、家を出た。 あの遅刻しそうなときの人間の行動の速さはなんだろうね。 まあそんなことはどうでもいい。早くいつもの駅前に行かなければ。 妹を愛チャリの後ろに乗せ、冬なのに汗ばむほどのスピードで駅に向かった。あの時の俺は風と1つになっていたと言っても過言ではないね。 そこから図ったようなタイミングで駅を出た電車に飛び乗り、車内で簡単な朝食をとった。 駅に着いて電車を降りるとオリンピック選手顔負けのスタートダッシュで改札をくぐり、いつもの集合場所に向かう。 やはりというかなんというか、ハルヒたちSOS団メンバーと鶴屋さんはすでにそこにいた。 「遅い!18秒の遅刻よ!」 ハルヒは息も絶え絶えの俺たち兄妹の前で腕組みで仁王立ちしている。 「当然、然るべき罰を受けてもらうわ。ていうか、何で妹ちゃんまでいるの?来るなんて聞いてないわよ」 俺が言う前にお前が電話を切ったんだろうが。お前はいつもそうだ。 「まあいいわ、一人くらい増えたって大丈夫でしょ。ね、古泉くん?」 「ええ、おそらく問題ないかと。どうです?鶴屋さん」 「うん、めがっさ余裕だよっ。あそこはけっこう広いからねっ」 鶴屋さんのけっこうと、一般的なけっこうの定義にはかなりの相違があるので、今回の別荘もかなりでかいんだろうな。 と、言うことでつつがなく妹の参加が決定し、SOS団+αは電車に乗って一路北に向かった。 乗車の直前に罰としてこれでもかと菓子とジュース類を買わされた。 親父からの少し早いお年玉があったから、問題なかったけどな。 電車内ではハルヒを中心に古泉が持ってきたトランプやらUNOやら麻雀やらなんやらで馬鹿騒ぎし、 電車が別荘の最寄り駅に着いた頃にはメンバー一同妙な疲労感を感じていた。けっこうな長旅だったしな。 駅から出ると、これも毎度おなじみとなった新川執事と森園生メイドが待っていてくれた。 「お久しぶりです。また会ってしまいましたね」 「いえ、我々も最近、涼宮様に振り回されるのもそう悪くないと感じてまいりました」 新川さんはハルヒには聞こえないくらいの声でそうおっしゃり、小さく笑った。 森さんも肯定するかのように笑んでいる。この人たちとあったのは5年前か。 ことあるごとに召集されて、いつも本当にご苦労なことだ。心から労いの言葉を捧げたい。 その後、俺たち一行は新川さんの運転する小型バスに乗って別荘へと出発した。 バスの座席は一般的な2席セットのものがズラッと2列並んでいるのではなく、 テレビでたまに見るような、こうグルッとソファのような座席があるやつになっていた。 「キョンくん、今日はごめんね。あたしが寝坊しちゃったから……」 「かまわんさ。お前に頼りきっていた俺にも非がある」 「ううん、私のせ「まったくね。あんたもそろそろちゃんと遅れないようにしなさいよ。本当にSOS団員としての自覚が足りないわね」 おそらく、私のせいだから、と言おうとしていた妹をハルヒが遮ってきた。 お前、もう少し空気を読め。そんなんじゃ某巨大掲示板で「ゆとり乙」とか叩かれるぞ。気をつけろよ? 「そんなことよりハルヒ、そろそろ何をしでかそうとしてるか教えてくれてもいいんじゃないか?」 「秘密よ、秘密。こういうことはギリギリまで知らされてないほうが面白いでしょ?」 いいや、面白くないね。そうやって自分の物差しを他人に押し付けるのは良くないことだぞ。 「とにかく、今日は思いっきりスキーして遊ぶわよ」 どうやら今向かっている別荘はいつぞやの別荘同様にスキー場に隣接しているらしい。すさまじい財力だな、恐るべし鶴屋家。 そう言えばもう1つ、確認しておきたいことがある。古泉に尋ねてみる。 「なあ、また吹雪に巻き込まれて……なんだ、クローズドサークルとかになったりしないよな?」 「それはおそらくないでしょう。今回涼宮さんは事件を望んでいる訳ではありません。もっと明確な目的が今の彼女にはありますからね。 彼女にとってクローズドサークルなど邪魔になるだけです。天気も今日、明日と晴れの予報が出ていますしね。 まあ、あの予報士の予報なのでその精度にはいささかの不安がありますが」 そうかい、それならかまわん。不安要素が1つ減った。 「到着でございます」 バスが止まり、新川さんの渋い声が車内に響く。 「荷物は我々が先に別荘に運んでおきますので、皆さんはここでお降りになってください」 森さんの好意に甘え、俺たちはバスを降りた。 まあ、好意ってたってそれが森さんの仕事ってことになってるんだから当然っちゃあ当然な訳だが。 「では、定時にお迎えにあがります」 「お気をつけて」 新川さんと森さんの乗ったバスを見送り、俺たちはゲレンデに向かう。 いやはや、まさかこんな景色が見られるとは思わなかった。 ゲレンデからは麓の街並みや遠くの山々が一望でき、冬の澄んだ空気の助けも借りて壮観の極みを体現していた。 「さぁ、滑るわよ!競争よ、競争!」 ハルヒにはそんなもの関係ないようだが。 スキーウェアなんかは既に用意されており、各自がそれぞれの体のサイズにあったもの着込んだ。 驚きだったのは妹の分もしっかり用意されていたことだ。 「鶴屋さんから妹さんが居候しているという情報は得ていたので用意しておきました。 きっと妹さんも参加されると思ったので」 うむ、今回ばかりはgjだ、古泉。何故に妹のサイズを知っていたかに関しては、特別に黙認してやる。 今回、俺はスキーではなくスノーボードに挑戦することにした。 スキーはそれなりに出来るがスノボは初体験だ。スノボにおけるロストヴァージンだな。 ………………すまん、今のは妄言だ。忘れてくれ。 とにかく、俺はなかなかの苦戦を強いられた。 見かねたのかは知らんが、順調にスキーを滑り倒していたハルヒがわざわざスノボに履き替えて指導してくれた。 それは非常にありがたいのだが、 「シュバッと立ったら、つつついーーっと滑って、転びそうになったらグワッとバランスをとるのよ。 方向を変える時はこうアベシ!ってするの。止まるときはヒデブ!っと気合で止まるの。気合が大事よ」 と、非常に抽象的で訳のわからん説明で、そんなもので上達する訳もなく俺は雪まみれになっちまった。 第一、そんな気合で止まったら、俺はもう死んでしまう。 で、スキーやスノボを楽しんだ後、新川さんのバスで別荘に向かった。 数時間にわたる長旅と、先の運動は俺たちからことごとく体力を奪っていき、 バスの中でぺちゃくちゃとくっちゃべっているのはハルヒと鶴屋さんに妹くらいのもんだ。 他のメンバーはグロッキー状態でしゃべる気力もない。長門はまあ割りと元気そうだが、いつものように無言を保っている。 そんなことはどうだっていい。さっさと別荘に着いて、熱い風呂に入って一休みしたいもんだね。 結果から言うと別荘はかなりでかかった。 これを『けっこう広い』と形容する鶴屋さんの感覚は多少なりとも麻痺しているのかもしれない。 一見すると純和風の超高級老舗旅館の風情だ。『@と@尋の神隠し』に出てくる湯屋を思い出してほしい。 あれをふた周りほどスケールダウンさせればちょうどこの別荘くらいになるんじゃないだろうか。そのくらいのでかさだ。 新川さんの案内で中に入ると異様な光景が目の前に広がっていた。 どこまでも続くのではないかと勘違いしてしまうくらい長大な廊下に、びっしりと日本兜が並べられていた。 いかめしいその和製鎧たちの隊列に俺たちは思わず気圧されてしまう。 朝比奈さんなんてカタカタと震えている。それがまた俺の庇護欲を著しく掻き立てるんだな、うん。 「すごいっしょ、これ。実はうちの爺さんがこういうの集めるのが趣味でねっ。 最初は家に置いてたんだけどめがっさ邪魔になってきたんでここに置いてるんだよ。 てかここはそのために爺さんが建てたんだっ。馬鹿だよねっ、アハハハハ」 馬鹿かどうかは分かりかねるが、鎧兜の保管のためだけにこんな家を建てる精神状態は俺には到底想像できない。 世の中ぶっ飛んぢまってる人ってのは結構いるんだな、と感心しておこう。 「では皆さんのお部屋にご案内します。皆さんのお部屋は2階にございます。 1人1部屋とさせていただいておりますが、よろしいですかな?」 「いいわよ」 と俺たちの意見を聞くこともなくハルヒが返事し、そういうことになった。 「え……あたし誰かと一緒がいい……」 ほらみろ、妹がこう言ってるじゃないか。 「じゃあ、あたしのところに来ますか?」 妹は朝比奈さんの助け舟に、 「はい!」 と言って乗り込んだ。いやあ、本当に朝比奈さんはお優しい。 はちきれんばかりのあの御胸の半分は優しさで出来ているのかもな。 一旦部屋に案内してもらった後、少し早めの夕食となった。 案内された部屋はだだっ広く、畳と板張りの床が半々になっていた。一番奥には神棚が祭られ、 壁にはミミズの這ったような筆跡の、おそらく格言的な言葉が描かれた毛筆の書や、長刀用の竹刀に木刀などがかけられていた。 「ここはねっ、爺さんが無理言って作った武道場なんさっ。弟子をたくさん引き連れて、ここで稽古をつけてたなっ」 そんな武道場に整然と並べられた座布団に俺たちは座った。 武道場に流れる張り詰めた空気に思わず背筋が伸びてしまう。 と、森さんが漆塗りの膳を持ってきてくださった。膳の上には和を感じさせる品々が並んでいた。どれも美味そうだ。 しかし、無骨な武道場で、和膳を運ぶエプロンドレスのメイドというのはなんだかシュールな画だった。 「いっただきま~す!」 ハルヒを先頭に、俺たちは食事を始めた。 おそらく新川さんによるものと類推されるメニューたちは、どれもとびきりの破壊力を持ってして俺の味蕾を刺激した。 これを不味いと評する美食家がいたら、そいつは確実にモグリだね。 左隣の妹を見ると、一品一品をじっくり噛み締め、 「これはどんな味付けなんだろう……」 などと勝手に新川料理の研究をしていた。そんなに料理が上手くなりたいのだろうか。まあ、全然悪いことではないんだが。 はたまた右隣のハルヒは、 「うまっ!モグ……これもなかなかの味ね!新川さんにSOS団名誉料理長の称号をあげちゃおうかしら!」 と、やはり新川さんの料理に感動しているようだった。 SOS団名誉料理長の称号はやらんで言いと思うがな。そんなもの、新川さんのプラスに何一つならない。 そうして俺たちは新川さんによる絶品和膳に舌鼓を打った訳だ。 その後のことは特筆すべき点はほとんどない。 朝比奈さんの部屋に集まって――集められて――ゲームしたりしたくらいだ。 あとは風呂入って寝たくらいだな。男同士の露天風呂の描写なんて、どうだっていいだろ? では、話を一気に次の日、つまりクリスマス、まさにその日に移行させていこう。 朝、いつもどおり妹が俺をトランポリンにしてきたので俺はいやでも目覚めることになった。 「朝ごはんだよ」 とのことなので2人で武道場に向かう。 にしてもなぜ武道場で食事するんだろうか。 俺たちくらいの人数を余裕で収められる部屋なら、ここにはいくらでもありそうなもんだが。 ま、このSS作者の意向ってのが理由の最有力候補だな。なら、気にしてやらないのが作者のためだ。 朝食も昨日の夕食同様に、1人づつに膳が配られたのだが、その上にはトーストにバターやジャム。フルーツの盛り合わせなんかが乗っていた。 それがまた、武道場にメイドというシュールな画をさらに強くしていた。 朝食後はハルヒの判断で昼までの自由時間となった。 ハルヒは俺たちにそういった旨の支持を出してすぐにどこかに消えてしまった。 「おそらく、この別荘内の探索ではないでしょうか。昨日、そのような行動をされている様子は見られませんでしたし」 とは、古泉の弁だ。 俺と古泉、そして朝比奈さんはすることもないので武道場でトランプを始めた。 長門も誘ったが、 「いい」 とだけ言って、読書を始めていた。 鶴屋さんと妹はというと、長刀の竹刀を使い、なんか稽古を始めたようだ。 鶴屋さんによる長刀教室みたいなモノらしい。ほんと、あの人らは元気だな。 おそらく昼に集合した時に今回のメインイベントが発表されるのだろうが、 そう考えると俺の気分は下降曲線を描き始め、見る見るうちに憂鬱な気持ちになる。 今は目の前に朝比奈さんというエンジェルがいるからまだマシだが。 昼食をとった後すぐ、俺たちはハルヒによって集合させられた。 「では、これから本日行われるイベントを発表します!」 おお~~、と鶴屋さんと妹が拍手する。ハルヒには脳内補完されて大歓声になってるだろうが。 5~6枚重ねた座布団の上に仁王立ちするハルヒの顔は、腹立つくらい笑顔だった。 「思いついたのは12月の初めだったかしら?とにかく、あたしは思いついたの、面白いことを! それから古泉くんと打ち合わせを重ねてきたわ。極秘裏にね。ね、古泉くん」 古泉はいつもの半笑いのまま恭しく頭を垂れる。 「ハルヒ、御託はいいからさっさと発表してくれ」 「何よ、もうちょっとくらい人の話を聞きなさいよ」 お前が言うと説得力皆無なんだが。 「まあいいわ、発表するわよ」 ここでハルヒはたっぷりと間を置いた。一同に妙に間延びした空気が流れる。 そしてハルヒは力強く言い放った。 「これより、第一回SOS団大かくれんぼ大会を開催します!!」 頭の中に稲妻が走ったかのような衝撃があった。もう、なんだ。呆れてものも言えない。 散々引っ張っておいてかくれんぼ?小学生か、俺たちは。 鶴屋さんと妹のカシマシ娘コンビはなんかテンション上がっているが、朝比奈さんは頭の上に?マークが10個くらいありそうな顔をしている。 もしかしてかくれんぼ自体を知らないのかもしれない。 ていうか何故にクリスマスにかくれんぼなのか。あいつの脳の仕組みを解明したらノーベル賞モノかもしれない。 「文字どおりSOS団によるかくれんぼ大会よ。鶴屋さんや妹ちゃんもいるけど、名誉顧問に準団員だから問題ないわ」 いつ妹は準団員になったんだ。即刻の退団を要求したい。 「詳しいことは古泉くん、説明よろしく」 面倒なことは他人に押し付けるハルヒだ。 「では、僭越ながら……。基本的には通常のかくれんぼと同じルールです。鬼が隠れている人を探す……、それだけです。 ただし、今回はこんなものを用意しました。お願いします」 古泉が新川さんと森さんに目配せすると2人は俺たちに何かを配りだした。 受け取ったそれは携帯電話。しかも旧式のものだ。 「少し古い機種なのは御用者ください。古いほうが細工しやすかったもので」 「細工?」 「はい、ちょっとした細工が施してあります。まずは、その説明をしましょうか。 皆さんがお持ちの携帯にはさまざまなアプリが入っています。左上のアプリボタンを押してください。 アプリの選択画面になったはずです」 確かに、3つのアプリが画面上に表示されている。 「まず一つ目のアプリ。画面上では右端に表示されているものです。 これは隠れている人、ここでは便宜上『ハイダー』と呼ばせていただきますが、ハイダーのおおまかな位置が表示されます。 アプリを起動してみてください」 アプリを起動すると部屋の見取り図のようなものが表示された。 「では、3のキーを押してください」 古泉の支持に従うと画面が切り替わり、また別の見取り図が表示された。一番大きな部屋に赤い点が寄り集まり、明滅を繰り返している。 「その赤い点が我々の位置を示しています。そして先程のように階数に合わせて任意の数字キーを押すと、 その階の見取り図と位置情報が表示されます。この建物は4階建てなので4までの数字キーがこのアプリに対応することになりますね。 ここは3階なので3のキーを押しました。離れを確認する際は、1階は5、2階は6、3階は7を押してください」 「なあ古泉、こんな機能があったらすぐに鬼に見つかっちまうだろ」 「安心してください。鬼にはこのアプリは使用できません。それについては後で説明します」 了解した。説明を続けてくれ。 「はい、では続けます。この赤い点ですが、その点が誰かは表示されませんのであしからず。 では次のアプリです。先程のアプリのとなりにあります。これは先程のアプリと同様の操作で鬼、 ハイダーに合わせて、ここでは『シーカー』と呼んでおきましょう。シーカーの位置情報が表示されます。 ただし、使用できるのは一台につき3回まで。また、起動してから1分でアプリは自動的に終了します。有効に使用してください」 「では次のアプリ。……ですが、先の2つのように、このアプリはハイダーには特に役立つものではありません。 テトリスなどのミニゲームが収録されています。隠れている間の暇つぶしにでも使ってください」 また妙に怪しいアプリだな。ゲームに熱中させている間にハイダーをゲッチュー、ってか。 「また、ハイダーがシーカーに確保されると、それぞれの携帯に報告のメールが送信されます。 そして、メモリー内には各人の携帯番号が登録されています。電話での情報交換等に使用してください。 ただしメールを受信することはできますが、送信することはできないようにしてあります」 「それで全部か?」 「いえ、まだあります。まず、ハイダーが残り2人になるとハイダー側の携帯は一切の機能が停止します。 ただし、片方1人の確保を伝えるメールを受信する必要があるので、電源を入れた状態で持っておいてください。 また、先程説明した機能以外は使用できなくなっています。これで携帯についての説明は終わりです。 質問はありますか?」 皆、無言で質問が無い意思を示した。 朝比奈さんは本当に理解しているのか、いささか心配だが、あとで詳しく教えてさしあげよう。 「ではルールの説明です。基本的には先程言ったとおり、普通のかくれんぼです。 今回の変更点としましては、ハイダーは確保されるとシーカーになる、このくらいです。 また、シーカーの携帯にはハイダー確保のメール受信と、電話機能しかありません。ハイダーが確保されると携帯のその他の機能は停止します。 シーカーはハイダーを確保したらハイダーの携帯の『#』と『*』を同時押ししてください。 そうすることで各携帯にメールが送信されます。ハイダーは見つかったら素直に携帯をシーカーに渡してください。 なお、誤って#と*を同意押しするとシーカーに見つかっていなくても、見つかったことになりますので注意してください。 説明は以上です。質問を受け付けます」 これも、質問は無いようだ。それにしても古泉、このSS一番の長台詞、お疲れ様。お前はよくやったよ。 「では、そろそろ開始しましょう。隠れる場所はこの本館と別館の内部と連絡路です。外に出たり、危険な場所には隠れないように。 最初の鬼は新川さんと森さんです。優勝者には商品がありますのでがんばってください。鬼が動き出すのは10分後です。 では、涼宮さん」 「ありがとう、古泉くん。 オッホン。ではこれより、SOS団大かくれんぼ大会を開始します!! レディ~~……ゴウ!!!」 ハルヒの号令で俺たちは武道場に新川さんと森さんを置いて駆け出した。俺もダッシュだ。 一応、勝負事だしな。俺だって勝ちたいさ。 ここで、鶴屋家別荘の大まかな説明をしようと思う。 まず本館、4階建てだ。1階には玄関から続く長い廊下に大小3つの練習場、倉庫がある。階段横の裏口は別館への渡り廊下に続いている。 2階は宿泊スペース。30近い部屋で埋めつくされている。 3階にはさっきいた武道場がある。ここが一番広い部屋になっている。他には倉庫があるくらいだ。また、別館への連絡路がある。 4階は炊事場や浴場などの生活に必要な諸施設となっている。 別館は3階建て。1階には事務室や休憩室があり、2階・3階と武道場になっている。広さは本館の3分の1くらいか。 俺は一旦1階まで降りて別館に行った後、3階まで上がって本館に戻り、4階に上がった。 この遠回りに深い意味はないのだが、軽いかく乱になるかと思ったんだ。 なんだか新川さんはかくれんぼのプロの気がするからな。いや、なんとなくなんだが。 僅かな音さえ認識して、それを頼りに探しそうだもんな、あの人。 4階に着くと、浴場の脱衣所に設置されたロッカーの1つに身を潜めた。もちろん、男湯だ。 少しすると、携帯がぶるぶると震えた。メールが来たようだ。 [これより、行動を開始いたします] とだけ書かれた本文は、シンプルな文面ながら確実に新川さんと森さんが動きだしたことを知らせた。 しかし、なんだかテンションが上がってきたな。 さっきは小学生か、なんて言ってしまったが、これはけっこう楽しい。隠れてるだけなのにな。 とりあえず、アプリを起動し各ハイダーの位置を確認する。 本館の1階と2階に隠れている奴は1人もおらず、2階に2人、4階には俺を含めて2人、別館の各階に1人づつ隠れているようだ。 皆、微動だにせずじっとしている。さあ、最初に捕まるのは誰か。 といきなり電話がかかってきた。 『もしもし、キョンくん?』 「なんだよ、電話するには少し早いんじゃないか?」 『いや、今どこに隠れてるのかな、って思って。今どこに隠れてるの?』 「本館4階の浴場だ。お前は?」 『あたしは2階の部屋に隠れてるよ。まあそれだけだから。じゃあねぇ!』 ツー……ツー………… いきなりなんなんだ、妹よ。お前の行動もイマイチ掴みどころがないな。 と、また電話がかかってきた。 『キョン、今どこにいるのか教えなさい!』 「本館4階の浴場だが?それがどうしたってんだ」 『4階ね。わかったわ。じゃ』 ツー……ツー………… ハルヒに至っては自分の場所も教えん始末だ。なんか、フェアじゃないぞ。 と、またまた電話だ。 『もしもし』 やけに済ました声が聞こえる。今度は古泉か。 「なんだ。俺に電話をかけるのがブームなのか」 『はて、なんのことでしょうか?まあいいでしょう。今どこにおいでか教えていただきたいのですが』 「お前もそれか。今日でもう3人目だ」 『3人目?他に誰が?』 「ハルヒと妹だ」 『なるほど。流石、と言うべきですね。それより早く場所を』 「本館4階の浴場だ」 『なるほど……。わかりました、僕は別館の3階にいます。では、健闘を祈ります』 ツー……ツー…………。一体奴らはなんなんだ。 しばらく隠れていると携帯が振動した。メールだ。 [開始から7分24秒、古泉氏を確保] やはりというか、古泉が最初か。にしても早いな、おい。やはり超絶スネーク執事新川氏の成した所業だろうか。 ん?スネーク?何を言ってるんだ、俺は。 とりあえず、アプリを起動。各人の位置確認だ。 別館の1階にあった点が猛烈な速度で本館に移動している。 と、またメールを受信した。 [古泉氏確保から1分09秒、鶴屋氏を確保] 早い。いくらなんでも早すぎる。 これは新川さんがスネークとかそういう問題じゃない。あ、またスネークって言っちゃった。 これは何か裏があるはずだ。考えろ……古泉発見から鶴屋さん発見までになにがあったのかを……。 刹那の思考の後、俺は1つの答えに辿り着いた。 俺はすぐさまロッカーから飛び出し、階段を駆け下りる。携帯のメモリーから古泉の番号を探り、電話をかける。 奴は、すぐに電話に出た。 『なんですか?ハイダーがシーカーに電話するなんて、あなたも命知らずの人ですね」 「てめぇ、はめやがったな」 『おや、もう気づいてしまいましたか。しかしはめた、というのは心外ですね。これは戦略です』 うるさい。お前、次に会ったら2発ぶってやる。親父にもぶたれたこともないであろうその頬を、2度もな!! 『それは非常に困りますね』 すかした古泉との電話に早々に嫌気がさし、電話を切る。 奴、そしてハルヒと妹がしたのは、よく考えれば極々当然のことだ。奴らは事前に各ハイダーの位置を把握していた。 そして、いざシーカーになった時、その位置情報でハイダーを探す。ただそれだけだ。 そうしておけば誰かが見つかった時に、少なくとも1人の鬼の位置がわかることになるしな。 妹さえ気づいたというのに。チクショウ、俺のスペックは妹以下かよ。 と、ハルヒから電話だ。 『キョン、今どこにいるか教えn「だが断る」』 やはりな。もうその手は食わん。すぐ後に妹からも電話がかかってきたがもちろん無視だ、無視。 俺は本館2階をひっそりと歩きながら二つ目のアプリを起動した。鬼の位置を確認するアレだ。 今、鬼は新川スネークに森さん、古泉に鶴屋さんの4人だ。開始から10分足らずでこれか。 古泉のことだから事前にスネークたちと打ち合わせていたに違いない。ハルヒを1位にさせたいだろうからな、あいつらは。 画面に視線を戻し、俺は2のキーを押す。そして、俺の点を見た。 …………そこにはハイダー、つまり俺を示す赤い点のすぐ後ろに鬼を示す青い点があった。 恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはメイド・オブ・ザ・イヤーを贈っても遜色のない美人メイドが立っていた。 「キョン様、見~つけた」 森さんの口から”~”が飛び出るとは思わなかった。それにしても今のは反則的なかわいさだった。 「では、携帯電話をお渡しください」 かくして、俺は5人目の鬼となった。 10分も経たないうちに3人が見つかる、という驚異的な展開の速さを見せたかくれんぼも、ここに来て停滞の体を見せ始めた。 俺が鬼になってから30分以上経つが、誰も見つかっていない。 一番驚きなのが朝比奈さんが見つかっていないことだ。あの人のことだからすぐに見つかってしまいそうなもんだが。 俺の予想としては1位ハルヒ、2位長門、3位鶴屋さんってとこだったんだが、 鶴屋さんは早々に見つかって鬼になっているし、勝負の世界では何が起こるかわからんね。 しかし、こんな出来レースも珍しいな。古泉を始め”機関”の連中は何がなんでもハルヒを1位にするだろう。 朝比奈さんや、長門も、直接的な動きは無くともそうなることを願っているはずだ。 しかし、ハルヒがそんな事情を知るわけがなく、見つかりたくない一心で変な能力を発揮しかねない。 早いとこ、ハルヒ以外の3人を見つけたほうが懸命だな。 3人を求め、広大な本館の2階を歩いていると、廊下に段ボールが落ちているのを見つけた。 怪しい、実に怪しい。これを怪しいと思わない奴がいるとしたら、そいつの辞書に俺が「怪しい」という項目を足してやる。 まさか、ここにハイダーが隠れているとは俺だって思わない。結果から言うと、確かに中にはハイダーはいなかった。 「…………新川さん、何してるんですか……」 段ボールの中には新川さんが収納されていた。 「見つかってしまいましたか。これは一本取られましたな」 そんなつもりは毛頭ないんですが……。 「いや、こうして潜むことで移動してくるハイダーを待ち伏せていたのです。妙案かと思われたのですが」 多分、本気で言ってるんでしょうが、これはあまりにも怪しすぎます、新川さん。 「では、この案は無しでございますな。残念です」 そのまま新川さんは段ボールを持ってどこかに行ってしまったが……あの人本気でスネークかもしれない。 いや、俺自身もスネークという言葉の深い意味はわからないんだが、何故かスネークという言葉が頭から離れないんだ。 3階を歩いていると、今度は鶴屋さんと出くわした。 「やあキョンくん、何か見っかったかい?」 段ボールに隠れている新川さんなら、とはなんだか言いづらいのでここはお茶を濁しておこう。 「全く何にもです」 「そうかい、そうかい。いやぁ、みくるも見つけらんないってのは何か悔しいにょろね」 鶴屋さんは言いながらすぐそこにあった倉庫の扉を開けた。 中には剣道の防具と思しきものが収納されていた。 「お~~いっ、みくる~!長門っち~!妹く~~ん!出ておいでよっ!」 がさがさと防具を掻き分けていく鶴屋さんの後ろを俺も探してみる。棚の影とかに隠れているかもしれない。 と、鶴屋さんの声が響いてきた。 「おっ、妹くん見っけ!」 「え?どこです?」 「さっき外の廊下を走ってったよっ。さっ、追いかけるにょろよ、キョンくんっ!」 鶴屋さんは防具の山をすっ飛ばして駆け出した。 俺も急いで走り出すが鶴屋さんがあまりに速くて追いつけない。日頃の運動不足が祟ってか、体力的な限界も間近だ。 「キョンくんっ!」っといきなり鶴屋さんがUターンしてきた。 「妹ちゃんは武道場に走ってったにょろ。あたしが前から追い詰めるから、キョンくんは後ろから回り込むっさ!」 ほとんどスピードを緩めぬままに、鶴屋さんは俺が来た道を逆方向に走っていった。 妹を挟み撃ちにする作戦みたいだな。ていうかこれ、鬼ごっこじゃないか? まあいい。とにかく早く武道場に行かなければ。俺は鶴屋さんとは逆方向に走り出した。 俺が武道場に着くと、妹がこちらに走ってきていた。が、俺を見て急ブレーキをかける。 妹は武道場の真ん中で立ち往生している。俺と鶴屋さんはじりじりと妹との距離を詰めていく。 「さあ妹くん。おとなしく携帯を渡すんだっ」 「イヤって……言ったらっ!?」 そう言い終るが早いか、妹は俺に向かって走り出した。 鶴屋さんより俺のが弱いってことか。否定はせんが、兄貴をなめるなよ。てかお前、ルールは遵守しろ。 と、俺が入ってきた入り口から新川さんが入ってきた。妹は2対1は不利と見たか踵を返して鶴屋さん方向に駆け出す。 その時だった。 「てやぁっ!!」 鶴屋さんの気合の一声と共に、妹の体が空中を舞った。 妹にぎりぎりまで近づいていた鶴屋さんは、妹にこれ以上ないほどに美しい背負い投げを決めたのだ。 「どうだいっ?参ったにょろかっ!?」 「はい……参りました……」 一瞬の間の後、2人は大声で笑い出した。 「いやはや、見事な一本でしたな」 新川さんがそっとつぶやき、渋い笑みを浮かべた。 残るハイダーは朝比奈さん、長門、そしてハルヒだ。 妹捕獲の後、俺たちは少し休憩をとることにした。そうして今4階の炊事場に向かっている。新川さんがお茶を淹れてくれるとのことだ。 やけにアグレッシブな逃走劇を演じた鶴屋さんと妹は、まるで姉妹のように俺の前を肩を並べて歩いている。 ほんと、このコンビは元気だし、仲が良いな。お互い通じるものでも感じるんだろうか。 まあ、おてんばっぷりや、意外と武闘派なとこなんかは似てるな。 「あれ、今日晴れてたよね?」 妹の言うとおり、窓から見える空は昼前までの晴天から一転、どんよりとした曇り空になっていた。 今日は1日晴れの予報だったが、本当にあてにならん気象予報士だな。 日の光を遮る雲は、まるであの空間のような灰色をしていた。 新川さんの美味いお茶――朝比奈さんのソレには劣るが――を飲んだ後、俺たちはそれぞれがバラバラになって捜索作業を行うことにした。 俺以外の3人は別館に向かうとのことだった。俺は本館をじっくり探すことにする。 『もしもし。少し困ったことになりました』 古泉から電話がかかってきたのは3人と別れて10分ほど経ってからだった。 「……それはハルヒ絡みの困りごとか?」 『そのとおりです。はっきり言いますと、小規模ながら閉鎖空間が発生しかけています』 「しかけている?発生はしてないのか。なんとも中途半端だな」 『ええ。こんなことは初めてで、僕自身上手く表現することができません。 現在、本館と離れは通常の空間と閉鎖空間との境界が非常に曖昧になっています。おそらく、涼宮さんの仕業です』 そんなこと俺に言われても困る。お前は閉鎖空間のプロだろうが。 『そうなんですが、こういった状況は想定外でした。ここは長門さんと協議したいところなので、すぐに長門さんを探し出してください』 無茶なことを言うな。と言いたいところだがそうもいかないらしい。妹を閉鎖空間に招待する気にもなれんしな。 しかし、俺たちが苦労せずとも長門はすぐに自首してきた。 自分で#と*を押し、リタイアを自ら宣告した後、俺に電話してきた。 『本館4階の書斎』とだけ。 本館4階の広い書斎には俺、長門、古泉他”機関”のメンバーが集っていた。 「これは涼宮さんの力によるものでいいですね、長門さん?」 「そう。この現象は涼宮ハルヒによるもの。 おそらく、鬼に見つかりたくない、もしくは1位になりたいという強い感情から彼女がこの現象を引き起こした。 先程私が自ら捕獲に当たる行動をした際に、閉鎖空間の占有範囲が飛躍的に向上、通常空間をほぼ侵食した。それはあなたたちも感じているはず」 つまり、ハルヒがかくれんぼで1位になりたいと願ったからこうなったのか。しかし閉鎖空間を作っても1位になれるわけじゃないだろう。 「この空間は涼宮ハルヒが1位に最もなりやすい環境に設定されている。その詳細は私にもまだ解りかねる。 また、この空間は閉鎖空間に酷似するが、厳密には全く違うもの」 「涼宮様のイライラや、不満によって生じたものではないから、ですかな?」 新川さんの問いに、長門は「そう」とだけ答え、 「この空間は通常の閉鎖空間を希釈したような性質を持っている。時間の流れも互いに同期している」 「世界を改変しようとする意思も無いですしね。我々の力も微々たる力しか発揮されない」 古泉の手の上には、ピンポン玉と同等かそれ以下のサイズの赤い玉が浮かんでいる。 「この空間も基本的には選ばれたごく一部の人間にしか出入りすることは出来ない。 しかし、この空間は現在この建物、または別館の一部の場所で通常の空間と繋がっている。情報統合思念体との連結が途絶えていないのが証拠」 つまり……どういうことだ? 「この閉鎖空間もどきは、本館と離れの中のどこかに僕らのような能力を持たない人間でも出入りが出来る入り口を持っている、ということです。 そうですね、長門さん?」 「そう。現在この空間にいるのは我々を含め8人。涼宮ハルヒは入り口の向こう側の通常空間にいる。 彼女からは私たちは視認出来ず、こちらからも彼女を視認することは出来ない」 「じゃあ、どうやってハルヒを見つけるんだ?」 「この空間と通常の空間の狭間は、彼女の体表面を薄く覆うように形成されていると推測される。 彼女が移動すれば、当然空間の狭間も移動する。その際に生じるこの空間の揺らぎを検出し、彼女の位置を捕捉する」 「お前にはそれができるのか?」 長門は数センチの僅かな首肯を返してきた。いつも数ミクロンの頷きをすることを考えれば、随分と力強い。 「まずは朝比奈みくるを確保すること。仮に朝比奈みくるが1位になった場合、この空間が完全な閉鎖空間と化し、世界が改変される可能性がある。 だから、朝比奈みくるを見つけ出して。私はここで空間の揺らぎを検出する」 こうして俺たちは朝比奈さんを見つけることになった。 「あまり長い時間この状態にするのもよくないようです。少しづつですが空間の閉鎖空間化が進んでいます」 森さんがそう言っていたので時間に余裕も無いらしい。 しばらく朝比奈さんを大声で叫んだりもしながら探したが見つからない。俺と古泉は一旦本館3階の武道場で落ち合った。 「困りましたね。まさか彼女がこんなにも見つからないとは。実は鶴屋さんや長門さんとは事前に打ち合わせていたんです。涼宮さんを1位にするように」 やっぱりこれは出来レースだったわけか。 「ええ。朝比奈さんに関しては事前に役目を与えておいて失敗をされても困りますし、どうせすぐに見つかると思ったので打ち合わせていませんでした」 つまり、そういう話を聞いていなかった俺も、お前らに役立たずと判断されたわけか。 「すいません、そういうことになります」 古泉はいけしゃあしゃあとぬかしやがる。ほんとに腹が立つ奴だな。 と、突然古泉の表情が曇った。 「どうした?」 「いえ……何か妙な気配を感じたもので……。森さんならすぐにわかるんでしょうが……。 彼女は機関の中でも空間を察知する能力に長けているんですよ。長門さんには及びませんが」 そうだったのか。超能力者の力にも得手不得手があるんだな。 などと関心していると、鶴屋さんと妹が武道場に入ってきた。4人で簡単な情報交換を行う。その時だ。 けたたましい音と共に武道場の入り口の引き戸が破られた。 「おい、なんだあれは」 そう言わずにはいられない。引き戸を蹴破って武道場に入ってきたのは、人間ではなかった。 人と大差ない大きさの青白い光を放つ”何か”が1階にあった日本兜を着込んで立っていた。”何か”は腰に佩いた日本刀をゆっくりと抜く。 「神人によく似ていますが……なんなんでしょうね。ただ、我々に敵意を持っているのは確かなようです」 古泉は手の上にあの赤い玉を作り出す。 「キョンくん、あれ……何なの?」 そうだな、妹よ。訳わからんよな、こんなもん。 「俺にもよくわからんが、とにかくかなりヤバイもんだ」 「なるほど……」 こんな説明でいいのか?なんて物分りの良さだ。 「SOS団なら何が起こっても不思議じゃないでしょ?」 全くだ。その意見には全面的に賛成だが、それほど不確かな理由はない。 そうこうしているうちに神人もどきは数を増やし、5体ほどが武道場に入ってきている。 「とりあえず、逃げないといけませんね」 「そうだねっ。けど、やっこさんにはそんな気はめがっさ無いみたいだよっ。ほら」 見ると、武道場のもう1つの入り口からも神人もどきが入ってきていた。俺たちはさながら猫に追い詰められた鼠だ。 「やるっきゃないねっ。妹くんっ!」 鶴屋さんは妹に長刀竹刀を投げ渡し、2人はそれを構えた。 「ふ~~……もっふっ!!」 古泉が超能力的エネルギーパワーボールを叩きつける。神人もどきたちの足元に着弾したそれは、閃光と共に炸裂する。 立ち上がる粉塵に向かって鶴屋さんが突っ走り、長刀を振るう。妹は背後の警戒にあたる。 俺はただ古泉たちの後ろを逃げる。闘ったりはしない。それが俺の役目だからな。 だってそうだろ?俺はただの一般人だ。まあ。妹もそうなんだが……。 神人もどきの1体が鶴屋さんへ袈裟懸けの剣を浴びせる。当たれば即死モノの太刀筋を、鶴屋さんは絶妙のタイミングで回避した。 神人の振るった剣はドガンッ、と鈍い音をたてて床にめりこむ。 世界一鋭利な剣である日本刀なら、もっと綺麗に床に入っていくと思うんだが、あれはもしかして模造刀か? 「どりゃっ」 鶴屋さんが神人もどきをなぎ払い、妹も背後の神人相手に獅子奮迅の活躍をしている。古泉は2人を援護するようにふもっふを連発。 本当に申し訳ないくらい俺は何もできない。今度妹に空手でも習うかな。うん、そうしよう。それがいい。 「さあみんな、こっちだよっ!」 鶴屋さんが神人もどきを吹っ飛ばしてできた突破口に4人で突っ込む。 だが神人もどき共は倒されても倒されても起き上がり、追いかけてくる。ゾンビか、お前らは。 「痛っ……!」 そう妹がうめくのが背後から聞こえた。振り返ると妹が右手を押さえている。なんと、血が出ているではないか。 静かに滲み出る鮮血は、妹の腕を伝ってポタポタと床に落ちていく。 奴らが持ってたのは模造刀だけじゃなかったのか。竹刀対真剣では竹刀に黒星がつくに決まっている。 証拠に妹の足元には綺麗に真っ二つにされた竹刀が転がっていた。 「妹くんっ」 うずくまる妹に鶴屋さんが駆け寄る。 その真後ろでは神人もどきが妹の血が着いた刀を振り上げ、2人に切りかかろうとしていた。 そして、無防備な2人に真剣が振り下ろされた。 気がつくと、俺は走り出していた。 一瞬、俺の耳は一切の音を感知しなかった。それだけ無我夢中だったのかもしれない。 自分でも驚くほどの速さで神人もどきに駆け寄った俺は、これまた驚くほど高く跳躍する。 刀がまさに鶴屋さんの背中に触れんとした瞬間、俺のドロップキックが神人もどきにクリーンヒットした。 神人もどきは刀を残して真っ直ぐ吹っ飛んでいく。 着地後視線を上にやると、もう1体の神人もどきが切りかかってくるのが見えた。 俺は転がっていた刀を手に取り、神人もどきの刀を受け止める。金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いた。 神人の太刀筋はとてつもなく重かった。だが負ける訳にはいかない。ここで負けたら妹と鶴屋さんが傷つく、俺の名が廃る。 「どりゃあっっ!!」 気合一発、俺は神人の刀を払いのけ、その首を切り飛ばした。 神人もどきの頭部は青い光の跡を残しながら胴体から離れ、刹那の空中浮遊を楽しんでいた。 直後、古泉の赤玉が数個飛来し、爆発、追撃を仕掛けようとしていた神人たちを蹴散らす。 その隙に俺と鶴屋さんとで妹の肩をとり、駆け出した。もう神人もどきに追いかけるそぶりは見られなかった。 最後に振り返ったとき、俺が切り飛ばした首を胴体のみの体が拾い上げ、またその体に迎え入れているのが見えた。 長門が待つ4階の書斎に向かう途中、古泉が話しかけてきた。 「驚きました。あなたがあんな動きをするとは。さっきのあなたはとてつもなく速かったです」 そうだったのか?無我夢中だったからよく覚えていない。 「そりゃあ、もう。信じがたい速さでした。考えてもみてください。あなたと鶴屋さんたちとの距離は5メートル以上はありました。 それを、刀が振り下ろされてから2人が切断されるに至る間に駆け抜けたんですから」 それは確かに早いな。びっくり仰天だ。 「それに、あなたは神人に似た”アレ”を切断しました。当然のように思っているかもしれませんが、あれは一種の異常事態です。 普通、神人に実質的なダメージを与えられるのは僕らのような力を持つ物のみです」 「僕の推測ですが、あなたは長い期間僕や長門さんのような特異な力を持つ者たちに囲まれていたために、 僕たちの能力の一部を会得したのでしょう。長い間閉鎖空間に行くことがなかったので気づかなかったようですが」 どうやら俺は、ハルヒに振り回されて宇宙人的、未来的、はたまた超能力者的な力に触れ続けたせいで、その力を少し受け継いじまったらしい。 俺はSOS団唯一の普通キャラだったのに、これではいよいよ超人変体集団になってしまうぞ。 まあ、その力があったおかげで妹や鶴屋さんを助けられたんだから、一概に否定する訳にはいかないな。 ん?こんな力があると今後俺も面倒ごとにおいて戦力に数えられたりしないか?嫌だ。果てしなく嫌だ。 憂鬱な気分に浸りつつ、書斎に到着する。中には新川さんと森さんもいた。 妹の手当てを2人に任せ、長門にさっき起こったことを報告する。 「あれはこの空間に設定された、涼宮ハルヒを1位に仕向けるための特性の1つ。彼女を捕獲しようとする者に対し攻撃を加える。 装備もまちまち。基本的には模造刀を持つが一部真剣を装備している。おそらく、この建物の所有者がここに保存していたもの」 「確かに爺さん、刀なんかもここにおいてたよっ」 とにかく、ハルヒ探索が一層困難になったのは確かだな。だが、早く事態を解決しないといけない。 「よし、俺たちで固まって朝比奈さんを探そう。長門、お前も来てくれるか?」 「そのつもり。でも、あなたにはしなければいけないことがある」 長門の視線の先には、右手に包帯を巻いた妹がいた。その表情からは、はっきりと恐怖の感情が見て取れる。 「彼女は私たちの特異性に、ある程度の理解を示していた。だが、先の事態はその許容範囲をはるかに超えた。 あなたは彼女にすべての事情を説明する必要がある。それが、あなたの役目」 そして、俺と妹を残して長門たちは朝比奈さんを探しにいった。 「この部屋に防護フィールドを発生させる」と長門が言っていたので安心だが。 妹は無言で椅子に座り、ひたすら下を向いていた。さっきまでの活躍が嘘のようだ。近づくと、小さく震えていることにも気づいた。 俺は妹の前にしゃがみ、その手を握る。妹は、静かに泣いていた。 「怖かったな。お前にこんな思いをさせて、悪いと感じている。すまなかった」 「キョンくん……」 妹は俺に抱きついてきて、はっきりと嗚咽をあげはじめた。 俺は妹の小さな背中をそっと抱く。それくらいしか出来ることがわからなかった。 俺は妹を抱いたまま話を始めた。 ハルヒのこと、長門や朝比奈さん、古泉のこと、SOS団のこと、そして今回のことはハルヒの力によって起きたということ。 それらをゆっくりと、言葉を選びながら妹に話した。そして最後にハルヒを恨んだりしないようにお願いした。 ハルヒは好き好んでこの力を持った訳じゃないからな。恨むなら、ハルヒに力を与えた神だかなんだかの不確定な存在を恨んでほしい。 ハルヒも、あの力の犠牲者なんだ。 妹は全て理解してくれたようだ。ほんとに物分りの良い、素直な奴だ。兄としては非常にうれしいぞ。 しかし、それでもなかなか泣き止むことはなかった。まあ、腕を真剣で切られ、挙句死の一歩手前まで行ったんだからな。無理もない。 今回の事件で俺の兄としての無力さが露呈した。もっと、強くならねばと思う。ちんけな能力無しでの強さでな。 と、突然携帯が鳴った。画面には [追尾アプリ起動中] という意味不明のテロップと、見取り図が表示されていた。 数分後、長門たちが朝比奈さんを連れて帰ってきて、まだ抱き合っていた俺たち兄妹は赤面することになる。 「妹くん、長門っちが呼んでるよ」 妹が長門のもとへ行くのと入れ替えに古泉が寄ってきた。 「長門さんは妹さんの治療をするそうです。傷跡は完璧に消えるそうなのでご安心を」 そうか、そりゃよかった。 「鶴屋さんにも、ハルヒたちの説明はしたのか?」 「もちろんしました。まあ彼女も僕たちがおかしな力を持っていることには気づいていたのですぐに納得してくれましたよ」 「そういえばさっき携帯に変な画面が表示されたんだが。ありゃなんだ?」 「あれはハイダー側の携帯に仕込んでおいた発信機が作動していたんです。ハイダーの携帯にはゲームのアプリが入っていましたよね?あれはこちらが用意した罠だったんです。 アプリを起動すると自動的に起動したハイダーの位置情報がシーカーに知らされるようになっていました」 「随分と姑息な手を用意してたんだな」 「姑息とは聞こえが悪いですね。僕は『このアプリはハイダーには特に役立つものではありません』と、しっかりと役に立たないことを伝えていました。充分フェアかと思いますが」 じゃあ、そういうことにしとけ。好きにしろ。 「朝比奈さんはそのゲームアプリを起動したから見つかったのか」 「ええ。本当にラッキーでした。これで涼宮さん探しが開始できます」 朝比奈さんらしいドジで愛くるしい捕まり方だが、よくここまで粘ったな。人には意外な一面があるもんだ。 その朝比奈さんは妹を治療中の長門に向かって、 「あたし、楽しくてつい調子に乗ってしまって……本当にごめんなさい」 と、「問題ない」という長門の声も聞かずに謝り続けている。俺ならあなたにいくら謝ってもらっても問題ないんですが、あんまりくどいと逆に人を怒らせますよ? 「それで、涼宮さんですが、彼女は現在自分がで優勝したことを知っているはずです。ですが、この閉鎖空間もどきは消滅していません。 もしかしたら消えてくれるんじゃないかと思っていたんですが……うまくいきませんね」 などと古泉は貼り付けたような笑顔で言っているが、それって非常にやばいんじゃないか? 「ええ、非常にやばいです。神人もどきの強さもどんどん増しています。さっきも一度出くわしたんですが、更に大きくなっていました。 おそらくいつまで経っても自分を見つけない我々に、涼宮さんは不快感を感じているのでしょう。でも、見つかりたくはない。 そんな思いが入り乱れ、肥大化して閉鎖空間化にも歯止めが効かなくなっているんでしょう」 見つかりたくないから作り出したこの閉鎖空間もどきを、今度は見つけてもらえないイライラで本物の閉鎖空間にしようとしてるのかあいつは。カオスだな、おい。 「カオス……ですか。確かに、このSS作者も情報量の多さに事態を把握しきれず、このSSにいくつかの矛盾を発生させています。 僕にこんなことを言わせているのが何よりの証拠です。カオス、という表現が適切でしょうね」 「事態を収拾するのは簡単。涼宮ハルヒを確保すればいい」 いつの間にか妹の治療を終えて俺たちに近づいていた長門が静かに言った。 「限定空間内生命体たちの位置と、通常空間との間で発生する空間の揺らぎを比較すると、揺らぎの周辺に限定空間内生命体が分布することがわかった」 長門の言う限定空間内生命体とは、俺たちを襲った神人もどきを指しているようだ。限られた空間内でのみ活動する生命体、ってとこか。 空間の揺らぎとはハルヒのことだろうからその限定空間内生命体たちの中心にハルヒはいるんだろう。やれやれ、いよいよ面倒なことになってるな。 「その……限定空間なんとやらの数は?」 「全部で36体。真剣を装備しているのは14体」 多いな。どうせハルヒを捕まえるにはそいつらをもれなく倒さなきゃいけないだろうからとことんハルヒ探しのミッションの難易度は高いな。 「限定空間内生命体はいずれも肥大化し、強力。あなたのような人間が応戦するのはあまりに危険」 「では、我々と長門さんが協力して戦うわけですね?」 「そう。統合思念体の意向に関係なく、私はそのつもりでいる。あとはあなたたち次第」 「……しょうがないですね。事態が事態ですし、一般人を巻き込んだ手前、我々も責任を取る必要がありますし。わかりました、協力します」 ここに宇宙人と超能力組織の一時的同盟が締結された。なんとも頼りがいのある同盟だ。 「あなたちの体表面に生体防護フィールドを発生させる。これである程度の攻撃にも耐えられる」 と長門にいつかのように妹共々甘噛されて、俺たちはハルヒ確保に乗り出した。他の連中は朝比奈さん探索時にすでにやられていた。 窓の外の空はほとんど閉鎖空間と同じ灰色をしている。早くハルヒを見つけ出さないとな。 俺たちは先頭に長門と古泉、後ろに新川さんと森さんを配してその間に俺や朝比奈さんたちの一般人勢というフォーメーションに長門のナビゲーションで進んでいく。 そして本館1階に到着した時だった。 「来ます」 古泉の言うように廊下を挟んだ左右の練習場の壁をぶち破りながらゆっくりと神人もどきどもが出てきた。 神人もどきは天井の高さよりも大きくなっていて、首を折り曲げるようにして立っている。手に持っている日本刀がおもちゃのようだ。 「この限定空間内生命体の向こう側に彼女はいる」 長門は静かに両手を神人もどきに向けて掲げ高速で何事かつぶやく。すると両手から数え切れない数の白い光の矢のようなものが神人もどきたちに向かって放たれた。 それはあまねく神人もどきに命中し奴らの巨体をよろめかせる。 「我々もいきましょう」 古泉の言葉に合わせて機関の3人も攻撃を始める。 古泉は赤い玉をふもっふし、新川さんは手を銃のような形にして指先から古泉同様の赤い玉を打ち出し、森さんは前に重ねた両手から赤い円形の波を放っている。 超能力者ってのは攻撃方法も異なるのか。ほんの少し勉強になった。なんの役にもたたんが。 轟音の響く戦況を、しばらく圧倒されつつ眺めていた俺の襟首を突然長門が掴んだ。見る間に俺と長門を包むように淡い水色の膜が発生する。 俺が事態を飲み込む前に長門は跳んだ。俺共々に。 爆煙立ち込める神人もどきの間を長門は一瞬で駆け抜けて神人への攻撃を止めぬまま俺に言った。 「玄関から外に出て」 「ハルヒは外にいるのか」 「そう。私の攻撃にも限りがある。急いで」 俺は長門から離れ玄関の大戸を開ける。俺の前に広がった灰色の景色はまさに閉鎖空間だった。 と、携帯が鳴る。長門だ。 『聞こえる?』 ああ、聞こえるぞ。お前が闘ってる音もな。こっからどうしたらいい? 『そのまま何もせず、手を前に伸ばして』 …………それだけか?そんなことでいいのか? まあいい。長門の言うことに間違いなど、間違ってもない。変な日本語だが気にするな。俺は今ただ手を伸ばす、それだけだ。 何も無い虚空に俺は手を伸ばしていく。と、指先が何かに触れる感覚があり、直後に景色が一変する。 空は今朝同様に青い。もとの空間に戻ったようだ。 「あれ、あんたいたの」 しかめっ面で振り向いたハルヒの肩に俺の片手は置かれていた。もう片方の手に持っている携帯からは不通を告げる音しかしない。 「ねえ、みくるちゃんが見つかってあたしが1位になったってメールが着たのに、今の今まで誰もあたしのとこに来なかったのはどうして? キョン、ちゃんと説明しなさい」 そう言われてもな……。まさかお前が作った閉鎖空間もどきに閉じ込められて妹は腕を斬られて俺は変な力に目覚め長門と機関が同盟を組んだとは口が裂けても言えないし。 「なんでも携帯のシステムを管理してたサーバに異常が起きたらしくてな、お前の居場所を捕捉出来なかったんだ。 だからずっとお前を探してたんだ。待たせてすまなかったな」 口からでまかせにしては上手い言い訳ではないだろうか。ハルヒも、 「なら、しょうがないわね」 とご納得の様子だ。 「じゃあ早くみんなを集めて。私の表彰式をするわよ!!」 しかめっ面から一転、ハルヒは飛び切りの笑顔を見せた。 その後、3階の武道場に集まった俺たちは、かくれんぼ大会の表彰式を行った。 3位の長門には3万円分の図書券、2位の朝比奈さんには高級茶葉と最新型のポット、ハルヒには謎の巨大な箱が贈呈された。 まるで謀ったように各自にぴったりの賞品だ。ただ、ハルヒの箱の中身は最後まで教えてくれることはなかったのでわからないが。 ちなみに4位以下の参加者にはポケットティッシュが1つずつ配られた。3位との間に随分と差があるな、おい。 また、鶴屋さんと妹はこの日あったことをすっかり忘れており、ずっとハルヒを探していた記憶に入れ替わっていた。 「あれは彼女たちが保有する必要の無い記憶。生体防護フィールドを発生させた時、記憶を改変する因子を仕込んでおいた」 長門によればそういうことらしい。 表彰式終了後は飲めや食えやの大宴会が催され、俺はしばしの間今日の徒労を忘れて楽しんだ。そして、もう一泊した後、俺たちは帰路に着いた。 「今回のことは本当に予想外の事態でした」 帰りの電車の中で古泉が口を開いた。女性陣は少し離れた席でトランプを楽しんでいる。 「まさかイラつかずとも閉鎖空間同様の空間を発生させるとは思まいせんでしたから。今後の参考にさせてもらいます」 ああ、ぜひともそうしてくれ。もうあんな思いをするのは勘弁してほしい。 「そう言えば。なぜあの力を放棄したんです?今後役立つこともあるでしょうに」 古泉の言う『あの力』とは俺が発揮してしまった高速移動と神人破壊能力だ。俺は長門に頼んでこの能力を無効化する因子を体にぶち込んでもらっていた。 何故かって?決まってる。 俺は普通でないといけないんだ。俺も妹も鶴屋さんも、基本的に普通の人間であって、そうでなければいけない。 もうこの世界にはおかしな力や由来を持つ奴が嫌と言うほどいるからな。それがこれ以上増えることによるメリットなどほぼ無いに等しいと断言していい。 だから俺はあの力を捨てた。まあ未練が全く無かったと言うと嘘になるが俺は普通なんだ。後悔はしていない。 「そうですか。少しは僕の負担も減ると追って期待したんですがね。残念です」 お前は俺がどれだけハルヒにこき使われているかいまだに理解できていないようだな。いいだろう、今度小一時間みっちり講義してやる。 ああ、そうそう。ハルヒが宴会中に「年越し合宿するわよ。スタートは28日からね」と言っていたのを忘れていた。 今度も別の鶴屋さん家所有の別荘でやるつもりらしい。鶴屋さんもそれを了承していた。 どうせろくなことにはならんだろうな。まあ、いいさ。俺は普通の人間として騒動に巻き込まれていくだけだ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/260.html
暖かいまどろみの中 聞き慣れない目覚ましの音が鳴り響く キョン「ん・・・う、うるせ・・・」 ジリリリリリリ キョン「・・・・ん?クソ・・・この」 毎朝の習慣。右手を軽く伸ばす。しかし、いつもあるはずの場所に目覚まし時計がない キョン 「な、なんだ?・・・」 軽く目を開ける。目覚まし時計は、枕元の見慣れない小棚の上にあった カチッ キョン「んー?・・・・・・ぁ?」 違和感。おかしい。あきらかに。ベッドがデカいし・・・部屋も見慣れない・・・枕も2つある キョン「ここどこだ・・・」 少なくとも俺の部屋ではないことはわかる。いや、俺はいま起きるまでは何をしてたんだっけか いや、いま起きたんだから寝たんだよな・・・どこで?たしかに俺の部屋で寝たよな・・・キャトルミューティレーション? ガチャ キョン「・・・!」 ハルヒ「あ、起きた?キョン」 キョン「・・・誰ですかあなたは・・・」 いや、みりゃわかる。ハルヒだ。どう見てもハルヒ。・・・しかし、ハルヒではない。 ハルヒは・・・こんなに胸もないし・・・エプロンなんて・・・ キョン「おわわわ・・・近づくな」 ハルヒ「?」 俺の知ってるハルヒの目だ。ちょっと吊り目がちな目で見つめてくる・・・て、おい、こいつはハルヒだぞ。 ちょっとドキドキしてしまう キョン「なにを俺は」 ハルヒ「なーにぶつぶつ言ってんのよ。仕事遅れるでしょーが」 キョン「ほあ?」 ハルヒ「ほあ?じゃないでしょ。さっさと朝ごはん食べて会社行きなさい!」 か・・・かいしゃ?・・・学校じゃねーのか・・・てか、・・・これは ハルヒ「・・・・・・」 キョン「な・・・んだよ」 ハルヒ「・・・・・んー」 んんーーーーーーーーーー??これは!これはあああ!見たことあるぞ!漫画で!ドラマで!映画で!そう!キスのおねだりだ!! キョン「お、おい・・・!おまえな・・・悪ふざけも大概に」 ハルヒ「あ!パン焦げちゃう!」 ドタドタドタ ハルヒ似の人妻は、ハルヒそっくりな騒音を立てながら階段を降りていった いや、わかった。あれは、ハルヒ似でも人妻でもない。いや・・・現実を見ようか・・・あれはたしかに『人妻』のハルヒだ 暑苦しい部室だ・・・もうこれが高校時代最後の夏か・・・ キョン「・・・ふー」 古泉「キョンさん。いままで僕たちは防戦一方でした」 キョン「なんだいきなり。俺は疲れてるんだ・・・そっとしておいて・・・許可なく隣に座るな」 古泉「ははは、キョンさんの隣は涼宮さん専用でしたね失敬」 キョン「もうなにもいわん」 古泉「そうですか、助かります。では、本題に入ります」 思えば三年間。こいつはずっとこうゆう話の展開の仕方だったな 古泉「話は簡単です。キョンさんに涼宮さんの『願望』の中に入ってもらうんです」 キョン「・・・大丈夫。驚かない。」 古泉「もう、慣れたものですね。ははは」 キョン「まず、言おう。俺をハルヒの願望の中。つまり宇宙人や未来人、超能力者。いや、それだけじゃないだろ。恐竜や怪獣。スーパーヒーローにスーパーロボット はたまた・・・・とにかく、そんな中に俺をぶちこんで」 古泉「ええ・・・・それなんですがね。どうやら、最近の涼宮さんの願望に大きな変化があるようなのです」 キョン「変化・・・それ3年前も言ってただろ・・・悪い風に変化してるって」 古泉「違うみたいなんですよ、それが。涼宮さんを変えた決定的なのが」 キョン「おまえがなんでそれを知っている」 古泉「やだなぁ。僕はまだなにも言ってませんよ」 俺とハルヒが去年の冬に・・・あの日からハルヒが俺にあまり突っかかってこなくなった 古泉「で、ですね。その変化を見に行ってもらいたいんです。あ、キョンさんは、いつもどおり夜に自室で寝てるだけでいいんです 私たちが飛ばしますから」 キョン「超能力も便利になったものだな」 古泉「ははは。ええ、我々も進化してますからね」 キョン「進化じゃなくて、進歩といえ。おまえに進化されるとなんか怖い」 古泉「ははは」 ハルヒ「はい、それじゃ鞄持ったわね」 キョン「ん、ああ」 ハルヒの作った朝食は、ごく一般的とはいえ、俺には十分満足できるものだった 鞄を持ち、玄関まで行く。ハルヒは・・・マンションより一軒家がいいのか・・・それに結構大きめだな。ハルヒらしといえばハルヒらしいか 俺は心の中で笑ってしまう ハルヒ「はい、お弁当」 キョン「おう、あんがとな」 靴を履き終え、玄関のドアに手をかける ハルヒ「・・・・・」 例といえば例のごとくだが・・・ キョン「・・・・・・」 ハルヒが軽く俺のスーツを掴む キョン「・・・・・・ん」 ハルヒ「・・・ん・・あ」 長いキスだ。こんな長いキスを毎朝すんのか ハルヒ「・・・・ん・・・ん」 いや、まあ・・・決して悪い気分では・・・ キョン「・・・・んあ・・・・ん」 俺はやっぱハルヒが好きなのか ハルヒ「はい!終わりね!いつまでキスしてんの!」 キョン「う・・・」 いきなり口を離され、なんだか不憫な気持ちになってしまう ハルヒ「本当にキョンはスケベな 結婚したら少しは落ち着くかと思ったんだけどね」 キョン「あ・・・あのなぁ」 俺は玄関のドアを開け、外に足を出す ここどこなんだろうなぁ・・・ 玄関の外も見慣れない景色だ キョン「じゃ、行って来る」 ハルヒ「さっさと行きなさい!」 いってらっしゃいませご主人様とか言え・・・いや、普通はないか キョン「・・・ふー、これがハルヒの『願望』なのか」 しばらく歩くと後ろからタタタタと足音が聞こえる キョン「あ・・・弁当」 キスして忘れたよ・・・ ハルヒが弁当片手に駆けてくる 右手の人差し指を下まぶたにつけて 舌を出して・・・ベーっとしながら ハルヒ「キョン!あんたってほんとーにあたしがいなきゃダメね!アハハハ」 それは本当に楽しそうなハルヒの笑顔。無垢な子供のような、それでいて女性の優しさが溢れている この笑顔を俺は・・・叶えたい。いや、叶えられる・・・俺は、そう確信を持ったんだ 暑い・・・寝苦しい・・・ ジリリリリリリリリリリリジリリリリリリリリリリリ キョン「・・・あ・・つい・・・う、うるせ」 カチッ 俺はいつもどおりの部屋で、いつもどおりの位置の目覚ましを止めた キョン「・・・今日から夏休みだ」 プルルルルルルルルルル ピッ キョン「んあ」 ハルヒ「キョン!おきてるー!?SOS団発進よ!すぐに学校に来るように!以上」 おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_sinnrosidou/pages/24.html
ハルヒ(…………) ハルヒ「あ、私用事があるんだった! 有希は大丈夫だと思うけど、キョン!問題はあんたよ!今日のシミュレーションを踏まえてきっちりと進路を決めなさい!」 キョン(……あんなのに意味ないだろ) ハルヒ「じゃあ、また明日ね!」 バタンッ みくる「…………はぁ、疲れました」 古泉「慣れないキャラは難しいですね。 それはそうとキョンさんの駄目男ぶり、なかなか見事でしたよ」 キョン「やってて気分が悪いな、あーいうのは」 みくる「それが社会のつらさなのかもしれませんね」 夜、キョンの部屋にて キョン「………だめだ。何も思いうかばん」 キョン(結局体良くハルヒに遊ばれただけじゃないのか…?) キョン「だいたいシミュレートしてるのは職業じゃなくて職に就いた人間の生活じゃないかアレは。 ……全く………」 ピンポ~ン キョン「ん?こんな時間に誰だ?」 ドタドタドタ…… キョン「はーい」 ガチャッ 長門「………」 キョン「おう長門か。どうした?」 長門「涼宮ハルヒの宿題」 キョン「あぁ、あれが?長門はできたのか?」 長門「……まだ。だからここへ来た。 一人よりも、二人のほうが早い」 キョン「………」 長門「………」 キョン(……親が留守だとはいえ、女の子をこの時間に自室に入れるのはいかがなもなか) 長門「………そろそろ開始めたい」 キョン「あ、あぁ」(まぁ相手はあの長門だし、問題ないか) 長門「………」ドサッ キョン「おわっ!?なんだこの紙の量は!?」 長門「給与水準等から優れた職業をピックアップした資料。あなたの力になる」 キョン「…そ、それはどうも」 ……… …… … キョン(これだけの資料があっても浮かばんもんは浮かばん) 長門「………」 キョン(…潜在意識として働くことを拒否してるのか?) 長門「……私のデータは」 キョン「いや、役に立ってるんだが、俺には荷が重すぎる職業ばかりだ」 キョン「弁護士は給与は高いが、司法試験は狭き門。会計士はそれより難しい。医者なんか生きた人の腹を切るなんてことは俺にはできない」 長門「……そう?」 キョン「あぁ」 長門「……私からも質問がある」 長門「あなたと行なったシミュレート」 キョン「あぁ、あれか。あれが?」 長門「………私の役割だったあの女性は、あなたたちから見るとどう感じるの…?」 キョン「…? あぁ、そりゃ不幸な女性さ。旦那にあんな扱いされて」 長門「何故」 キョン「何故って……飯作って待ってるのに帰ってきて『いらん』とか言われたり」 長門「………」 キョン「あと、その……女遊びが激しかったり」 長門「………幸せじゃ……ないの?」 キョン「それはないと思うけどなぁ」 長門「………理解した」 ガタン キョン「あれ?長門……。帰るのか?」 長門「私が長時間ここにいることは、あなたにとって問題かと思われる」 キョン(………否定はしない) キョン「進路志望調査、書けてないだろ?いいのか?」 長門「……涼宮ハルヒはあなたをマークしている。私が書かなくてもしばらくは問題ないと推測する」 キョン「……なるほどね」 キョン「ありがとうな。データ、助かる」 長門「問題ない」 キョン「……送ろうか?夜道は危ないし」 長門「……ここでいい」 キョン「……わかった。じゃ、また明日な」 長門「……(こくん)」 バタンッ 長門「……………」 ハルヒ「今日の放課後、マンツーマンで進路考えてあげる?」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2555.html
屋上に出てきてからどれくらい経っただろう。 もうすでにかなり経った気がしないでもないが、こういうときは想像以上に時間が長く感じてしまうものだ。 それにしても一体何が起こっているんだ? 俺がもう一人いる!?どういうことだ?どこからか現れたのか? 一番ありえるのは未来から来たということだろう。となると朝比奈さんがらみか? 大きい朝比奈さんか? とにかく少しばかりややこしい事態になっているようだな。 と、そこで屋上のドアが開かれた。 「古泉、……と俺か」 『涼宮ハルヒの交流』 ―第二章― 古泉ともう一人の『俺』が屋上に出てくる。 「おや、あまり驚いていないようですね」 「さっき声が聞こえたからな。そうだろうと思っていた。もちろん最初は慌てたが」 俺は『俺』の方を向き、古泉に尋ねる。 「で、そっちの『俺』は未来から来たのか?」 「な、それはお前の方じゃないのか?」 俺の質問に『俺』が声を荒げる。 「やはりそうですか……」 古泉が呟くように口を開いた。 「古泉、どういうことだ?」 「僕も初めはそう思いました。あなたが二人いるということは、どちらかが未来から来たのだろう。 だとすると、どちらかはあなたがこの時間に二人いるということを当然知っているはず、と。 しかし、あなたとは部室に向かう際に、こちらのあなたとは今ここに来る際に少し話をしましたが、 どちらのあなたにもそのような様子は見られませんでしたから、そういうこともあるかとは思いました。 いちおう確認しますが、あなたも違うのですよね?」 もちろん俺も未来から来た、なんてことはない。 「つまり俺もそっちの『俺』も未来から来たというわけではない、ということか」 「おそらくは。ちなみに今日がいつかはご存知ですか?」 「今日?ご存知も何もG.W明けの憂鬱な月曜日だろ。……まさか、違うのか!?」 「いえ、そのとおりです。ということは未来から無理矢理に連れてこられたということもないようですね」 静観していた『俺』が口を挟む。 「そっちの俺が嘘を吐いている、ということはなさそうか?」 「おそらくそれはないかと。あなたも嘘は苦手でしょう?僕なら簡単に見破れます」 「……なんか複雑だな」 『俺』は苦笑いを浮かべている。 「じゃあどういうことなんだろうな。古泉はどう思うんだ?」 古泉はお手上げといったポーズをとる。 「正直言ってさっぱりです。ひょっとすると涼宮さんの力が関係しているのかも、という程度です」 「どういうことだ?ハルヒの力が働けばわかるんじゃないのか?」 「厳密に言いますと、涼宮さんの力は無視できるレベルにおいては常に働いている、とも言えます。 そうですね、例えて言うなら我々がまばたきをするようなものです。 まばたきの際には無意識に一瞬目をつぶりますが、普通はそれによって何かが起こることはありません。 そのレベルで涼宮さんは無意識的にいつも力を使っていると言える、ということです」 「それはまずいことなのか?」 「いえ、それによって何かに影響が出たことは、我々の知る限り今までは一度もありません」 「なら問題ないんじゃないか?」 「あくまでも『我々が知る限り』『今まで』ということです」 「なるほどな。知らない範囲で起きている可能性は完全に否定はできないということか」 「そういうことです。僕としてはまずありえないと思うのですが……、他には思い付きません」 そういって残念そうに笑う。 「ちなみにそれだとお前はどう思うんだ?」 『俺』が古泉に尋ねる。 「何らかの理由によって、あなたが二人いて欲しい、と涼宮さんが思ったのではないでしょうか」 「さっき俺が役立たずと思いっきり罵られていたからか?」 『俺』はひきつったような笑みを浮かべている。 「二人で一人前ということですか。それはまた面白いですね」 いや、面白くないし、全く笑えん。が、 「ということは俺が一人前になれば全て解決ということだな」 そのとき後ろから突然もう一人声が加わる。 「そうではない」 「「な、長門!?」」 俺と『俺』は声を合わせて振り返る。 「ああ、長門さんには後で屋上に来てもらえるよう頼んでおきました。どうにも僕の手に余りそうだったので。 ところで、違うとはどういうことでしょう?仮定が間違いということでしょうか?」 「そういう意味ではない」 「と、言いますと?」 「それで解決とは言えない」 「どういうことでしょう?……長門さんの考えを聞かせてもらえますか?」 と、手で長門の発言を促す。 「最初に言っておく。これは情報統合思念体によって起こされた現象ではない。情報統合思念体は無関係。 そして、ここにいる二人は異時間同位体ではない。つまり別の人間」 「つまり宇宙人も未来人も関係していないということですか……。なるほど」 「以上のことからこれは涼宮ハルヒによって引き起こされたものと推測できる。ただし断定はできない。 その理由は我々にも涼宮ハルヒの力の発現が確認できなかったから」 つまり消去方でハルヒの力というわけか。 「そう」 古泉は言いづらそうに長門に尋ねる。 「ところで……言い方が非常に難しいのですが。長門さんにはどちらが本来の彼かわかりますか? いえ、本来のというよりも……我々の知る彼、と言うべきでしょうか?」 「それはどっちが本物か、って意味か?」 『俺』がすぐに古泉に確認する。 「……すいません。乱暴な言い方をするとそうなります」 古泉が本当に申し訳なさそうな顔を浮かべたので、俺は慌ててフォローする。 「いや、謝ることはない。俺たちも気になるし。な?」 「ああ」 と、『俺』も頷く。 とは言ってみたものの正直言って気が気じゃない。 まさか、俺が偽者なんてことはないよな。長門が間違えることはないだろうし。頼むぜ、長門。 俺たち二人に交互に視線を合わせた後、 「どちらが本物かという意味においては判断ができない」 「どういうことでしょう?」 「我々が今まで共に過ごしてきた方を本物とする根拠がない」 「なるほど。我々がよく知るからといって、そちらの彼がが本物とは限らない、ということですか」 「そう」 「では、今まで一緒にいた彼がどちらかというのはわかるのでしょうか?」 「わかる。……今まで一年間我々と共に過ごしてきたのはあなた」 長門はそう言い『俺』の方に向き直る。 「――っ、えっ!?」 俺……じゃないのか? じゃあ、俺は? ……偽者? 偽者なのか? ハルヒの力で生まれた、偽者? 「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!なんでだよ!」 もう何が何だかわからない。 そんな馬鹿な。 俺は昨日までもSOS団の一人として、みんなと過ごしてきたはずだ。 そして今日もさっきまで教室で授業を受けていた。クラスメイトとも会った。ハルヒとも話をした。 「落ち着いてください!別にあなたが偽者と言っているわけじゃありません」 「言ってるだろ!じゃあ俺はなんなんだよ。この記憶は嘘だっていうのかよ!どうなってんだよ!」 頭に血が上り、思わず古泉に詰め寄る。 「そ、それは……」 そのとき後ろから俺の手がギュッと握られる。 「落ち着いて。……お願い」 「な、……長門」 ハッと我に返る。 長門はじっと俺の目を見つめてくる。悲しいが、優しい目だ。 ……こんな長門の目を見たのは初めてだな。 初めて……か。 「す、すまん。古泉」 「いいえ。僕が変なことを聞いたせいです。本当にすいません」 古泉は本当に申し訳なさそうな様子だ。 別に古泉が悪いわけじゃないんだけどな。 「……いや、俺も知りたいと言ったわけだし。それに、大事なことだろ」 二人して黙り込んでしまったところに『俺』が申し訳なさそうに話を続ける。 「……長門、結局どうなっていてどうすればいいかわかるか?」 無神経なやつだな。と、少し思ったが、このままの空気は正直きつかったので実際には助かった。 まぁ、俺だしな。多少の無神経は仕方がないか。 「わからない。可能性としては古泉一樹の言ったこともあり得る」 「ならとりあえず何らかの方法でハルヒを満足させてやれば問題はないんじゃないか?」 「問題はある」 「なんでだ?この事態をおさめるにはそれしかないと思うんだが」 「違いますよ。……この事態をおさめることに少しばかり問題があるのです」 古泉が慌てて口を挟む。 どういうことだ? 少しばかり考えごとをしていたら話に全くついていけなくなっちまったぜ。参ったな。 とはいっても『俺』もついていけてないみたいだがな。 「何の問題があるんだ?」 再び尋ねている。古泉は長門と顔を見合わせた後、ゆっくりと話す。 「これが解決すると、彼が……消える可能性があります」 「どういう意味だ?」 「もし彼がどこかから来たのであればそこに帰るだけでしょうが、そうでないならば……」 「あっ!……」 『俺』の顔色が変わる。 そうだな。二人いてそれを一人に戻すということは俺が消えるってことになるか。 ……死ぬってことになるんだよな。 『俺』が慌てて俺の方を向いて言う。 「……すまん」 「いや、気にするな」 また沈黙が訪れる。 「もちろんそうでないという可能性もあります。 例えばあなたが涼宮さんの力によってパラレルワールドからやって来たというのもあり得ることですし、 逆に涼宮さんの力によってあなた以外の全てが創り変えられたということも無いとは言いきれません」 可能性か。確かにそうなんだろうが。 「でも、お前はその可能性は低いと思うんだよな?」 「……すいません」 「いや、気にするな。お前が謝ることじゃない」 とりあえずこれからどうするかが問題だな。 「古泉、なら俺はどうしたらいい?」 「そうですね。ずっとこのままでいるというわけにはいかないでしょうが、少し様子を見ましょう。 あなたにも考える時間が要りようかと」 そうだな。まだ頭の中がごちゃごちゃしてよくわからん。 「とりあえず、ゆっくりと息をつけて考えたい」 このまま『俺』と顔を合わせてたんじゃ、なんとなく落ち着かん。 家に帰ってからじっくりと考えることにするか。 ……ん、家? 「あなたは家には帰れない。私のところに」 確かに俺が二人帰ると家の中がとんでもないことになってしまうな。 「そうだな、そうするしかないか」 「そう」 長門は微かに頷く。 「けどいいのか?迷惑じゃないか?」 「ない。他に行きたい所でも?」 「いや、そういうわけじゃない。もちろんありがたい」 「なら問題ない」 結局また長門の世話になっちまうみたいだな。 「では今日のところはこのくらいにしておきますか。僕もこれからのことを考えておきます」 「ああ、頼むぜ。何かわかったらよろしくな」 「帰る」 と言って歩き出した長門に従いその場を後にする。 「俺もできるだけのことはしたいと思う。できることがあれば言ってくれ」 『俺』が後ろから声をかける。 「色々とめんどくさそうなことになってすまんな。何かあれば言うことにするさ」 ◇◇◇◇◇ 第三章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4759.html
電気を付けたら部屋が明るくなりました、みたいないつも通りの放課後。俺はいつも通り占領もとい借りられた文芸室に足を運んだ。にしても太陽もたまには休めばいいのにどうしてここ最近晴天続きなんだ。 真夏の太陽を恨みながらドアを開けると、そこにはチューリップの花のように可憐なメイドがのんびりお茶を沸かしてい・・・なかった。 ただ部室の真ん中で怯えた朝比奈さんが団長様に気圧されていた。 ハルヒ「だから答えてちょうだい!どうやって瞬間的に私の前に姿を現せたのよ!?」 みくる「あうあうあうあうあう」 ハルヒはなんで怒っているんだ?いや、というより爆発寸前の太陽ような笑顔だな。それに「不思議を見つけた」みたいな楽しさを感じる・・・まさか。 少し会話(というより恐喝)を思い出そう。朝比奈さんが突然姿を現した、だと。しかもハルヒの目の前で。 俺が頭痛を感じていると古泉が営業スマイルのまま近寄ってきた。 古泉「事態は深刻です」 なら深刻そうな顔をしろ、仮面か? 古泉「これは失礼。しかし涼宮さんの前ではこの顔でなくてはなりません」 そういやそうだったな。ある程度の事情は察したが状況を詳しく説明してくれ。 古泉「僕にもよくわかりません。僕がここに来たころにはすでにああいう感じでした。」 そうかい。とりあえず止めるためにハルヒのところへ行った。 キョン「ハルヒ、何があったか知らんが少し落ち着け」 ハルヒ「あんたは黙ってて!みくるちゃん、教えなさい!」 みくる「・・・」 まあ予想はしていたが相手にされなかったわけだ。馬の耳に念仏とはこのために作られた言葉なんだと感心した。 古泉「まあこんな感じです。僕が止めても無駄でした。」 無意味に近づいてきた役に立たない超能力者を無視し、部室のすみにいる無口な宇宙人の所へ行った。 長門は椅子に座ったまま、相変わらず俺が一生読まなそうなぶ厚い本を読んでいた。俺が話しかけようとした時長門が顔を上げてこちらを見た。 長門「対処法が見つからない。」 実は俺の耳に耳せんを付けていたため聞き間違えました、というわけはなくそのつぶやきをはっきりと聞いた。 長門「現在の涼宮ハルヒの力が今までより強まっている。おそらくとても興味をそそがれる不思議を発見したから。」 ハルヒの声がうるさくて聞き取りづらかったがこんなところか。 キョン「でなんで対処法がないんだ?眠らせて記憶を消せば」 と言いかけて当たり前のように非現実的な事を話す自分に落胆した。 長門「今彼女は朝比奈みくるの不思議について知りたがっている。それを邪魔する事象を物理的にも精神的にも排除する。」 ということは今のあいつにはとんでも能力が効かないということか? 長門「そう」 ん?じゃあなんで朝比奈さんはすぐに暴露しないんだ。その「排除」は「朝比奈さんの暴露への抵抗」には適用されないのか、と珍しく難しいことを思い付いた。 長門「朝比奈みくるは彼女の信頼下にある。ゆえに傷つけるような行動をしたくないのだと思われる。」 暴れん坊将軍も逃げ出すようなこの光景を見てよく言えるな、とは口には出せない。 おや?見つめつづければ吸い込まれそうな長門の眼に、わずかだが懇願の光が見える。まさかな。 とそこへ古泉がまた近寄ってきた。顔が近いぞ離れろ。 古泉「これは失礼。このまま放っておくと未来人について明らかになるのは間違いないでしょう。」 キョン「一応聞いておくが、ハルヒが秘密を知るとどうなるんだ?」 古泉「自覚のない神が覚醒します。」 キョン「わけわからん。」 AAでも張りたいぐらいだ。30文字以内で答えよ。 長門「AAとは何か知らないが、端的にいえば力の暴走。彼女の中の常識が塗り替えられ、世界が彼女の思うがままになる。」 さすが長門、どこぞのイケメンと違い頼りになる。 しかしそれは厄介だな。そんなことができれば本当に世界がSOS団になってしまう。 長門「あなたの心も操作される。」 キョン「まじめに対策しないとまずいことだな。」 さてとあの闘牛をどうにかしないと。いやフクラミのではないぞ。 長門「そうなれば私とあなたが結ばれない。」ボソ 長門が小さい声でなにかをつぶやいた。もう一度確認したら、なんでもない、と返され読書に戻ってしまった。 まあさほど重要なことではなさそうだから、今は事態の鎮静化をしよう。 ふとハルヒ達の方に目をやると みくる「キャアアア!」 キョン「うおおぅ!」 急に朝比奈さんが俺に抱き着いてきた。とうとう愛の告白を受けてしまったか、と妄想を一瞬だけ広げた。一瞬だぞ。 現実に戻ると朝比奈さんが眼に涙をためて、俺に助けを求めてきたことを察する。とそこへ宇宙人からも危惧される人物が作曲中のベートーベンみたいな顔で近寄ってきた。朝比奈さんはあわてて俺の後ろへ移動して震えていた。うーんかわいらしい。 ハルヒ「キョン!そこをどきなさい!」 キョン「絶対断る」 ハルヒ「じゃあ横に移動しなさい!」 ここでからかってみることにした。いや動かないよりマシだろ。 キョン「わかった。」 ハルヒ「わかればよろしい。」 キョン「ほらよ。」 俺は体の向きを変えずに長門の方に移動した。すると朝比奈さんが一緒に移動した。 ハルヒ「み~く~る~ちゃ~ん!」 そして今度はいらいらした顔でどなった。その後も俺を巻き込んで大声を浴びせ続けた。 みくる「キョンくん」 小さな声が後ろから聞こえた。なんですか朝比奈さん。礼なら後でしてください。 みくる「それもありますけど、違います、テヘ。」 と舌をだしてウインクした。効果は抜群だー! とそこにトビラを開ける音がした。 この部屋内には団員が揃っているはずだ。鶴屋さんかな、しかしそれはそれで困るが。 キイイ そこに見えたのは朝比奈さんである。 俺と目があった直後朝比奈さんは弥生人が生きた恐竜に出会ったみたいな顔をしたまま扉を閉めた。ってなんで朝比奈さんが二人いる? みくる「あの時の私だ」 ん?ということはあなたは未来の朝比奈さん? みくる「正確にはえ~と3日後です。なぜここに来るように言われたかわ知らないんです。」 ではせめてこの後起こることはわかりますよね?ハルヒに生返事をしながら、震える小猫の答えを待った。 みくる「私は掃除当番での仕事で遅れて部室に来たんです。で部室に行く途中で鶴屋さんに会いました。」 あながち俺の予想は外れてなかったんだなぐへぇ。 ハルヒ「キョン!私が大人しい内にどきなさい!」 襟首を引っ張っといてよく言えるな。あっ朝比奈さん、俺の服を引っ張るのは嬉しいですが服が伸びてしまいますよ。 なにやら外が暗くなってきた。あれ天気予報じゃ晴天白日のはずだが。 みくる「あっすいません。で私と鶴屋さんで部室に行ったんです。で最初に私が入ろうとしてすぐに気づいたんです。」 襟首にかかる力がふいに消えたからようやく応答できる。 キョン「朝比奈さんがもう一人いることですね。」 みくる「そうです。で私が二人で図書室に行くよう頼んだんです。鶴屋さんは突然のお願いを承諾してくれました。」 ふと止められる気のない目覚まし時計のようなハルヒの声のベクトルが別のほうに向いてることに気づいた。 ハルヒ「今の会話にあった『キカン』て何よ!怪しいわね、電話の内容的に『機関』て書くんでしょ!教えなさい古泉くん!さもないと」 なんか部室のトビラの前で副団長の権利が云々と話を続けているが、それ以前になぜ古泉が新たな犠牲者に?その解答はすぐ隣の椅子から聞こえた。 長門「古泉一樹はおとりになっている。その間に朝比奈みくるから情報を聞き入れて。」 なるほどな、二人ともありがとよ。では朝比奈さん続けてください。 みくる「えーと図書室に着いた頃に黒い雲が雨を降らしました。夕立みたいな感じです。」 言い終わらぬ内に雨が降ってきた。たしかに夕立だな。 だが俺は言葉に表せられない不安がよぎる。この風景はいつぞやの冬の遭難と似ている。 ふと俺は長門を見た。長門は外の雨、いや雲を見上げている。その眼に僅かな不安を感じたのは多分俺だけだ。 みくる「キョンくん。キョンくん!聞いてますか!?」 キョン「すいません、ぼーっとしてました。」 みくる「もう。しばらく図書室で私たちは勉強してました。でも勉強中に未来から指令がきて、すぐに私は鶴屋さんを連れて部室に戻りました。」 朝比奈さんがぷっくりと頬を膨らませている。急所に当たったー!効果は抜群だー! ショックで廃人になりかけた俺に長門が手を引いてきた。両手に花だぜ。 長門「情報統合思念体にアクセスできない。」 キョン「なんだと。」 長門は冗談を言わない奴だ。とすればまさか今の状況は。 長門「冬の遭難時と似ている。私や涼宮ハルヒ、朝比奈みくるは能力を使用できない。」 さっきの予感はこれか。しかも学校でかよ。下手すりゃ一般人に被害が出るじゃねえか。 俺が打開策を考えようとしたところで後ろから猪が襲ってきた。 ハルヒ「なーにみくるちゃんや有希を誘惑してんのよバカキョン!離れなさい!」 いきなり横に突き飛ばすな。ベクトルを操作する力の開発なんて受けてない俺は倒されるがままに朝比奈さんの体に俯せで倒れた。 いてて大丈夫ですか朝比奈さん。て何顔を赤くしてるんです?俺は倒れる直前に手を床の方に突き出して覆いかぶさらないようにしましたよ?ん、なんで床がこんなに柔らかいんだ?・・・て キョン「柔らかい!?ゲフッ!」 あれーおれいまはらをけられたきがするぞ。しかもあさひなさんに。 ハルヒ「いい加減にしなさい!」 キョン「事故だ!過失だ!冤罪だ!」 ハルヒ「過失でも立派な犯罪じゃない!」 それもそうだ。とりあえずハルヒ裁判官に無罪を説得するために腰を上げると そこは部室じゃなかった。山の頂上付近の石をご想像してもらえるとありがたい。妙にゴツイ石や岩が辺りに広がっている。CGではない、その証拠に石を持ち上げてみたが重い。 一瞬で風景が変わっている。WHY? まあ唯一の救いは団員が全員すぐ近くにいることだ。朝比奈さんは倒れたまま、てか気絶してないか? にしてもここはどこだ?いつぞやのかまどうまの時と似ている気がするが。 長門「そう」 いつも通りの長門の反応にほっとした時、ガンッと言う音がすぐ後ろの方で聞こえた。俺は地面から物理法則を無視した物体が湧いてきたか、と考えながら振り返ると そこに赤い装飾をまとった大きめの石を両手で持っている古泉がいた。そしてそのすぐ下の床に倒れているハルヒ。 キョン「古泉!!」 俺は我を忘れて古泉の胸倉を掴み押し倒した。馬乗りになり、奴の顔を殴り飛ばそうとしたところで誰かに腕をつかまれた。顔を上げるとそこには長門がいた。 長門「彼の行動は正しい。」 キョン「友達を石で殴ることが正しいのかよ!」 長門「聞いて。」 長門の眼にほんのわずかだが水の膜ができている。そんな目をしないでくれ。俺は長門の言うことを聞くことにした。 長門「まず涼宮ハルヒに超現象を知覚されてはいけない。これは彼女が認識し興味を持たれてはいけないことを示す。」 つまりこの空間を記憶に残される前に気を失わせる必要があったんだな。 長門「私は古泉一樹に涼宮ハルヒを殴り気絶させるよう指示した。古泉一樹は最初拒絶したが、私の考えを理解したと思われる。指示通りに動いた。」 そうなのか。だが同時に俺は聞かなければならないことができた。 長門「私という個体は、あなたに彼を恨んでほしくないと願う。」 承知した。だがな長門 キョン「石で殴るというのは理解できん。俺たちは部員で友達だ。それに他の二人はともかく長門は人間にはできないことをするのは簡単だろ。」 なんで宇宙的マジックで傷つけずに気を失わせなかった、と言いかけて俺は思い出した。長門は言っていた、冬の遭難の時と似ていると。 長門「私や涼宮ハルヒの能力は今失われている。彼女をおとなしくするには絶好の機会だった。だが同時に穏便な方法で処理できなかった。」 事情は察した。だがこれだけは確認させてくれ。おまえはハルヒを傷つけるのになにも感じなかったか? 俺は立ち上がって長門の顔を凝視した。長門は俺の眼を10秒見つめた後ハルヒの方を向き、電波話以外では滅多に動かない口でたった6文字をつぶやいた。 「ごめんなさい」 俺は長門の両肩に手を置いた。俺の中を安堵と喜びが走り回った。なぜか?長門が人間らしい感情を少しずつだが着実に持ち始めていることに決まっているじゃないか。 長門の顔を見た。若干驚きの顔をしていたが嫌そうな顔をしていなかった。 みくる「ふぁぁ。皆さんおはようございます。」 俺は瞬間的に長門から離れた、いやまた何か誤解を受けるのは嫌だからな。やあ朝比奈さんおはようございます。 みくる「あわわわわ!てなんですか、ここどこですか~!?」 ブーン ずいぶん懐かしいセリフを聞いたが、今はこの状況を打破する方法を考えなければならない。 ブーン 古泉「ようやく落ち着いてもらえたようですね。押し倒された時別の意味で興奮しましたがそれはともかく、いやいやすいません。」 キョン「おまえに謝られてもちっともさっぱり全然お世辞にしか聞こえない、不思議!」 古泉「今のは聞こえなかったことにしておきましょう。とりあえず状況を整理しましょう」 みくる「ひゃあ!涼宮さんが倒れてる!キョンくんキョンく~ん!」 古泉「ここでは異能力を使えない。この空間の創造主は少なくとも涼宮さんではない。なぜなら彼女の意志で作られたのなら、気絶前と気絶後で何かしらの変化が」 みくる「キョンくん!古泉くん!長門さん!」 俺たちは見事にスルースキルを発動しつつ、古泉の話を聞いていた。 ブーン さっきから遠くで聞こえる虫の音がしつこいなあ。 古泉「あなたが僕にうっとおしそうな顔をするのは珍しいですね。どうしたんですか?」 いや珍しいことではないだろ。だが今は違う。 キョン「さっきから虫の音がうるさいんだよ。殺虫剤カモーン。」 古泉「それは変ですね。この空間には人間以外入れないはずですが。」 みくる「なんで皆さん無視するんですか~!私の言うこと聞かないとミンチにしてやりますよ~」 古泉「長門さんは虫の音が聞こえましたか?」 長門「聞こえない。だが向こうに」 みくる「私泣きますよー!」 古泉「聞こえませんか、僕もです。」 キョン「待て長門。今なんて言った?」 長門「聞こえない、と言った。」 違う、そのあとだ。よく聞こえなかった。 長門「向こうに何かいる。」 俺たちは長門の見ている方向を凝視した。そこには 「ブーンブーンブーン」 擬音語を言葉にしたような音を出す、どこかで見た気がするAAが空を飛んでいた。 あれはなんだ、敵か? 古泉「どうもそのようですね。そして同時に倒さなければならないでしょう。」 キョン「だがどうやって倒すんだ?」 ブーンという声が突然大きくなってくるとともにそいつも大きくなってきた。つまり キョン「接近してきてる。みんな逃げろ!」 俺たちはあてもなく走った、俺は倒れているハルヒをおんぶしながら。意識のない人間は重いと聞いたことがあるが、ハルヒは軽かった。 AA「時間の果てまでブーン!」 よくわからないことを叫んだかと思ったら、奴はいつのまにか俺たちの頭上10mにいた。 奴の大きさはこの距離で一般男性の平均身長ぐらいはありそうだ。 長門「あれは生物ではない。」 なぜそんなことがわかる? 長門「今までの経験と言語化できない決定」 無理矢理訳すと『女の勘』ということか。だが生物でないならなんだ。 長門「わからない」 古泉「僕の方にも質問してくださいよ、のけものみたいじゃないですか。」 空気と化した朝比奈さんよりはマシだろうよ。セリフがあるのとセリフすらないのはかなり違うぞ。 古泉「思うに長門さん、あれはゲームの敵と同じようなものではないでしょうか。あれに殺意を感じません。」 キョン「なるほどな。だとするとプログラムに従って動いてるんだな。」 となるとプログラマーがいることになる。だが疑問がある。 キョン「なんでこんなことをするんだ?危害を加えたいならさっさと攻撃すればいいのに。」 古泉「僕にもわかりません。」 言い忘れたが、話している間も俺たちは常に奴の動きを見ている。て誰に言ってんだ俺。 ん?なんかさっきよりも奴が近づいてないか? 古泉「このまま待機してても拉致があきません。少し刺激を与えましょう。」 と言いながら古泉は大きめの石を拾い奴に石を投げ付けたが、奴はその石から逃げるように体を曲げた。そして落下してくる石は俺の眼の前でだんだん大きく キョン「あぶね!古泉気をつけろ!」 長門「彼に石をあてないでもらいたい。」 古泉「すいません二人とも。」 古泉は観音様にお願いするかのように謝罪した。あとで缶コーヒーをおごれ。 古泉「いやです。ですがわかったことがあります。あれは石をあてられたくないようです。みんなで石をあてましょう。」 ほういい度胸してんな、あとで覚えてろ。とりあえず古泉の提案に生返事して、奴に石を当てることにした。 ――あれからおよそ30分―― 結論からいうと、全然当たらない。 長門「あれとの距離はおよそ8m。当たらない距離ではない。」 古泉「ですが当たりません。困ったものです。」 キョン「どっか高台はないのか」 古泉「辺りを見ればわかりますがそんなところはありません。」 おまえはいつでもスマイルだな、奴もそうだが。 古泉「一度あれと話してみたいです。」 長門「あれは生物ではないから有機生命体の言語を理解できるか困難。」 長門、冗談と本気を区別できるようになったら人間として完璧だから頑張れ。 長門「そう。」 俺達は休憩することにした。だがハルヒでないほうの神は俺たちをいじめたいらしい。俺の顔の右5cmを何かが火花を散らしながら正面から通過した。その直後にパーンなんて音がした。まるで花火のような キョン「朝比奈さん!なにやってんですか!?」 気づけば正面約十mの位置で朝比奈さんは鬼のような形相をしていた。しかもロケット花火をセットしていた、オレタチニムケテ。 みくる「ひどいですみんな。私が見えてないかのようにふるまって。グスッ」 キョン「朝比奈さん!別に無視してたわけではないんです!」 古泉「そうですよ。僕たちは空気を見てるんですから。」 キョン「バカヤロウ!んなこと言ったら」 みくる「私なんてどーせ役立たずで雑用係のロリロリメイドでしかないんだ、うわーん!」 朝比奈さんは泣きながら俺たちに向けてロケット花火を打ち続けた。ていうかどこに花火を持ってたんだ?それ以前になぜもっている?。 俺たちはとにかく逃げ回った。朝比奈さんはようしゃなく打ち続けている。 とにかく花火をなんとかしなくては、と考えた時ふと打倒朝比奈さん策を思い付いた。それは石を花火に投げつけ、ひるんだところで朝比奈さんを止める。完璧だろ。 俺は足元に落ちてる石を発射前の花火に向かって投げた。石は花火に当たると、上の方をむいて転んだ。朝比奈さんが方向を直そうと花火に近づいたとき、花火は無意味な方向へ発射された。 古泉「よくやってくれましたキョンくん。」 ん?なんのことだ?今から俺は朝比奈さんを止めに入るのだが。 古泉「えっ、まさか偶然だとは思いませんでした。感服です。」 なんだ、と思い上空を見た、いや正確には地面から8m上の空間を見た。 例の奴が赤く点滅していた。その後粉々に砕けて消えた。そういうことか、俺SUGEEEEEE! 長門「空間が壊れ始めている。この空間から脱出する。」 キョン「力は戻ったのか?」 長門は無言でうなずいた、口の両端をナノ単位で上に向けながら。 長門「今回はあなたのおかげ。私の見込んだ通りの人。」 キョン「俺はそんなすごい人じゃないぞ」 長門「・・・・大好き」 キョン「えっ・・・・」 古泉「とりあえず脱出しましょう。長門さんお願いします。」 長門「・・・KY。わかった。」 なんだこのとてつもなく不安な感じは。なにか重要な問題を忘れたような。まあ気のせいだろ。 長門「△*■Μэ⑲㏄∑¥∴」 キョン「なあ古泉。さっきから聞こえる爆音はなんだ?」 古泉「この付近で火山でも噴火してるのでしょう。」 長門「∂◎#@キョン・古泉・ハルヒ・長門・朝比奈」 朝比奈さん?あっ キョン「長門!ストップ!」 遅かった。俺たちは部室に戻っていた。ハルヒ・長門・古泉・俺は部室の机に隠れるように帰還、朝比奈さんは・・・ 俺は朝比奈さんを止めようとしたがもう遅い。朝比奈さんがセットした花火はいきよいよく放たれ、部室の窓を破っていった。 ――その後――――― ハルヒ「キョン、今日あたし何してた?」 あの後長門が朝比奈さんを眠らせ、情報操作を行った。 ガラスは割れなかったことにし、ハルヒは部室の机でうたた寝していたことにした。 ハルヒの傷も治した。未来の朝比奈さんは時間転移でどこかに行った。なにしに来たんだろう。 部室から出た直後に、今回の事をほとんど知らない朝比奈さんに会った。で今団員全員で帰路についてるわけだ。夕焼けがきれいだな。 キョン「椅子にもたれてグースカ寝てたじゃないか」 ハルヒ「あーもー一生の不覚よ!キョン、今日は夜も部活するわよ!」 冗談じゃない。俺にも休息をだな。 古泉「いいんじゃないですか?このまま放置したら閉鎖空間が発生してしまいます。」 キョン「だまれイエスマン。今日は疲れたんだ。」 ハルヒ「なんで疲れてるのか知らないけどわかったわよ。ところでさ。」 ん、珍しく声を小さくしてどうした?愛の告白なら喜んで受け入れるぞ。 ハルヒ「バカキョン!そんなんじゃないわ!私の頭に傷はない?」 キョン「別にないが。」 顔が真っ赤だぞ、とは言わなかった。 ハルヒ「・・・・・・そうよね、夢よね。」ボソッ キョン「なんか言ったか?」 ハルヒ「別に。」 さてお別れの交差点に入ったので俺たちは解散した。今日は朝比奈さんの黒い部分が見えたからよし。だがそれよりももっと印象に残ったのが 「・・・・大好き」 自分の顔が熱をおびるのがよくわかった。 俺は家に着くとまず顔を洗った。俺が夕飯を待ちわびるべく部屋に戻ったところで、妹が電話の子機を持って追いかけてきた。 キョン「誰からだ?」 妹「長門さーん」 キョン「・・・そうか」 妹「キョンくん顔赤いよーどうしたのー」 俺は妹を部屋の外へ放り投げたのち子機を耳にあてた。 キョン「長門か?」 長門「・・・そう。今から私の家へ来てもらいたい。あなたに今回の事件で聞いてもらいたいことがある。では。」 電話が切れた。さて健全な男子学生ならどう反応したらいいのかね。告白(?)された後に家に呼びだされるという状況に。 ―――数十分後――― 俺は長門の家の前に着いた。恐る恐るインターホンに指を乗せた。家に呼び出されたのはあくまであの件について聞くためだ、俺は自分にそう言い聞かせながらインターホンを押した。 「おーともなーいせかーいにーまーいお」 呼び鈴なのだろう、歌が途切れると長門の声が 「やあこんばんは。2時間ぶりですかね。」 なんで古泉がいるんだ。俺は安堵と残念感を同時に味わいつつ キョン「そう」 と無口な宇宙人のまね事で答えた。 古泉「おそらく僕とあなたの用件は同じはずです。鍵は空いてます、入ってください。」 キョン「なんで開けっ放しなんだよ。」 インターホンが沈黙したのだろう、返答はなかった。 俺はとりあえず中に入って長門達の下へ歩いた。 長門は俺を見ると顔を俯かせた。 長門「座った。」 古泉「長門さん、『座って』ですよ。」 長門「間違えただけ。」 長門は緊張してるのだろうか?珍しい。 俺達3人がONLY ONEインザハウスな机を挟んで腰を下ろすと長門が口を開いた。 長門「今から話すことは情報統合思念体の調査結果である。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない、実際コミュニケーションとは」 キョン「あー長門。知識豊富なのはよくわかってるから今回の事件について教えてくれ。」 長門「そう。キョンが言うなら。」 えっ?長門が俺のことをあだ名で読んだだと。 古泉「顔が赤いですよ?とうとう僕のあなたへの愛に気づいてもらえましたか。」 キョン「断じてそれはないしそっちの趣味も一切さっぱりからっきしないぞ。」 長門「二人とも聞いて。」 長門は全て話した。まずあの空間と物体の作成者は、冬の遭難時の犯人と同じだそうだ。 動機はまさにヒトラーが民主主義を唱えるかのようなものだった。 長門「彼らの目的はない。動機は『退屈』だったから。ただ彼らの言いたいことを我々は完全に解析できていないからなんともいえない。」 前回はハローの代わりに吹雪を降らしてきた。今度は退屈しのぎに数人を異空間射撃ゲームかよ。何考えてんだかさっぱりわからん。 そして朝比奈さんがなぜ未来から来たのか。どうも未来の一組織が情報統合思念体の急進派と手を組んでいたらしい。 長門「涼宮ハルヒにあえて未来人を認識させることで、どのような変化が表れるかを調べていた。朝比奈みくるはその組織に騙されていた。ちなみに今は急進派及びその組織は厳正な処分を下されている。」 朝比奈さんが図書室でされた指令は、急進派が捕まった後正規の組織が指示したもののようだ。 ん?だが疑問が残る。その疑問を代弁するかのように超能力者は言った。 古泉「未来人や急進派はあの頭の愉快な思念体の行動を知らなかったのでしょうか?彼らの目的は彼女の変化の観察ですよね?邪魔が入るとわかってたら計画自体に意味がありません。」 長門「それについては情報統合思念体も困惑している。もしかしたら彼らは未来人にすら認知されない行動力を持っているのかもしれない。」 奴らがその思念体と手を組んで空間に閉じ込められた状況を観察した、という可能性はないのか? 長門「ありえない。あれと会話することも困難であるのに、計画を立てることは不可能。」 キョン「あまりに馬鹿にされる思念体に全俺が泣いた。」 長門「あなたは一人しか・・・ジョーク?」 キョン「よく気づいた。」 ――――その後―――― 古泉「では用も済みました。僕はこれで失礼します。」 古泉は帰った。長門の告白は気になるが俺も帰ることに 長門「・・・・」 帰ろうした俺の腕の裾に小さな力がかかった。振り向くとそこにはハムスターをつまみあげるように裾をつかむ長門が俺の目をじっと見つめていた。そして長門の顔が少し赤い。 俺たちは時間の経つのを忘れたかのように見つめ合った。顔に熱を感じる。ああ今なら認めるぜ、今まで自分の心から逃げてきたからな。 キョン「・・長門。」 長門「・・・有希と呼んで欲しい」 キョン「・・・有・・希」 長門「・・・キョン」 俺はいつのまにか長門を抱きしめていた。長門も俺の腰に腕をまいていた。 おっ長門、いや有希の胸から鼓動をはっきり感じた。こいつは宇宙人なんかじゃない。それに俺は言った、冗談と本気を区別できたら完璧だと。 「おまえは人間と変わらない、いや人間なんだ。」 「・・・異能力をもってるけど、いいの?」 「この世界では当たり前なんだ。気にするな。」 「・・・そう。」 「そうだ。おまえは人間で、俺の『彼女』になるんだ。」 「・・・・なら二つだけ約束して欲しい。」 「なんだ?俺にできることならいいぞ。」 「あなたにしかできない。まず私のことを呼ぶ時『おまえ』ではなく『有希』と呼んで。」 「ああ。」 「もうひとつは・・・私の事を支えて欲しい、いつまでも。」 「もちろんだ!じゃあ俺からも一つ。いつまでも俺を支えてくれ、有希。」 「・・もちろん。」 「有希。大好きだ。」 俺たちは口づけを交わした。 あの後俺はすぐに家に帰った。お互いに何を話せばいいかわからなくなったからだ。今となっては名残惜しい。 ―――次の日―――― 放課後俺たち団員は1+1=2というぐらい当たり前のように部室に集まった。 俺は古泉とスピードをし、朝比奈さんはなぜかナースになっていた。ハルヒいわく、風通しがいいのだそうだ。実際そうらしいので特に異論はなかった。無口な少女はいつものぶ厚い本ではなく、俺でも読めるレベルの恋愛小説を読んでいた。ハルヒ?あいつはいつもの通りだ。 ハルヒ「なんか昨日から変なことを考えるのよね。」 今日ハルヒの様子はずっと変だった。何か考え事をしていたのだ。なんだ、今度は危ない水着を朝比奈さんに着せるつもりか?「風通しがいいのよ」とか言って。 ハルヒ「させたいけど違うわよ!なんか古泉くんに石で殴られた、てのを考えちゃうのよ。まさかそんなことあるわけないとはわかってるんだけど。」 みくる「えっ・・・」 古泉「僕がそんな恐れ多いことをするわけないじゃぎゃッ!」 古泉よ、慌てすぎで舌噛むなんて入れ歯を装備したライオンより滑稽だぞ。 ハルヒ「てなわけで古泉くん。悪いんだけど今日だけ副団長の活動停止を行うわ。帰って。明日からはいつも通りのあたしになるから。」 古泉「・・・わかりました。ではみなさんまた明日お会いしましょう。」 そういやあいつに落とし前をつけるのを忘れていた。明日にしよう。 さて古泉が帰ったから朝比奈さんでも誘ってトランプでも ハルヒ「ちょうどいいわ、キョン!ここらへんではっきりしてもらいましょうか!」 キョン「なにをだ」 ハルヒ「なにって・・その・・・あんたが誰を好きなのかを・・」 そんなことか。見れば朝比奈さんや読者中の少女も俺を見ている。ハルヒには悪いが速答させてもらう。 「俺は有希の彼氏だ。」 ―――完―――
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5841.html
涼宮ハルヒの遭遇Ⅱ さて、こういう場合はどういう言い訳を思いつけばいいのだろう? なんせ、俺はポニーハルヒに向こうの世界の俺のあだ名のことを問い詰めようと両肩を掴んで詰め寄っていたんだ。しかもポニーハルヒの表情は少し頬を染めて上気気味だったんだぜ。 その静止画像を見てしまえば、俺とポニーハルヒがイケナイことをしている場面に見えないこともない訳で、となるとこの後の展開がどうなるのかという想像をするのもたやすいってもんさ。 事実、今現在俺は自分の予想した通りの展開に陥っている訳だが…… 「で、これはどういうことなのかきちんと説明してくれるわよねぇ? キョぉン?」 ぎりぎりと俺のネクタイを締め付けるハルヒパワーは現在天井知らずで、おそらく今年、どんな猛暑が来ようともこの熱さには絶対に勝てないことだろう。 って、ちょっと待て。これは本気でやばい。窒息の危険を俺は完全に感じてしまっている。 「こ、古泉! 頼む! 助けてくれ!」 長門に頼もうものならちと手加減というものを知らなそうだし、ポニーハルヒはいきなりの展開にオロオロ状態な訳だから役に立ちそうにない。 となれば俺が古泉に助けを求めてしまうってのは消去法で確定的な選択肢だ。 が、古泉はいつもの俺たちの小競り合いを見つめる興味深げな面白そうな笑みを浮かべることなく、思いっきり苦笑を浮かべているだけである。 しかし、その表情は如実に「すみません。僕にもあなたを助け出すなんて無理です。ここは自力で乗り越えてください」と語ってやがる。 「きょぉ~~~ん、古泉くんは関係ないでしょぉ? どうせあんたが古泉くんの人の良さと有希の無口なのをいいことにこの子を連れ込んだことをやり過ごそうとしただけなんでしょぉ?」 ハルヒはちっとも笑っていない目で満面に笑みを浮かべながらさらに俺を締め上げる。 いや……悪いがその考えは全く逆だ……お前にこの子を見られたくないから古泉と長門が隠そうとしたんだ…… と言えればどれだけ楽かは分からんが、言ったところでハルヒが俺の言葉を信じるわけがない。それは長門のお墨付きだ。 じゃあどうする? このままでは俺は明日の朝日はもちろん、今日の夕日どころか、昼休み終了のチャイムさえ聞けそうにないぞ。 「あ、あの……そっちのあたし! キョンくんに乱暴しないでください……!」 って、え……!? その意外な助け船はこの場にいる人間の中では一番頼りになりそうになかったはずの、しかし精一杯勇気を振り絞った感ありありの声だった。 「パラレルワールドから迷い込んだですって!?」 「は、はい……」 明るい声を張り上げながら、ハルヒは爛々と輝く瞳で今一度マジマジとポニーハルヒを見定めている。 どうやらポニーハルヒは恥ずかしそうなのだが、こっちのハルヒがそんなものに構う訳ないよな。それも自分自身なんだ。自分が自分に気を使うなんてまずないだろうぜ。 「やれやれ」 俺は嘆息して、そのまま古泉と長門に視線を移す。 長門は無表情の中に少しだけ悔恨を隠しきれない表情を浮かべているし、古泉に至っては完全に無言でしかしその瞳はひたすら俺に謝り続けている。 まあ仕方ないよな。 俺だってハルヒが立ち去ったことで安堵してしまったんだ。長門と古泉が同じ思いを抱いて注意力も霧散させてしまったって仕方無いことだ。 「素晴らしいわ! そっちのあたし! ね、キョン、すごいと思わない? 今まであたしたちが逢いたくてたまらなかった宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の内の一人なのよ! これで興奮してこなきゃウソってもんよ!」 ポニーハルヒから、まるで瞬間移動したかのように俺に詰め寄りながら口角泡を飛ばすこっちのハルヒ。 で、あたしたち、って何だ? 俺は別にそういった連中との遭遇を――待ち望んだことはないとは言わないが、それはもう中学を卒業する時に一緒にそういう夢を見ることからも卒業していたんだ。 だいたい異世界人と遭遇するのは今回が初めてだが宇宙人、未来人、超能力者とはもう逢っているんだ。 お前みたいに、そこまで興奮することもなければ驚愕することだってないぞ。申し訳ないがお前と喜びを分かち合ってやることはできん。 「なあハルヒ。そっちのハルヒはこっちに遊びに来たわけじゃない。迷い込んで来たわけだから、そんな嬉しがるような表情を見せちゃ悪いんじゃないか? お前もこのハルヒを向こうに帰してやる方法を考えてやろうぜ。そっちの方が彼女も喜ぶってもんだ。それにこっちのハルヒは世界が違うだけでお前でもあるんだ。お前だって自分が喜ぶことをしてやりたいと思わないわけじゃないんだろ?」 「ん、まあそうなんだけどさ。でも仕方ないじゃない! あたしにとっては四年ぶりの不思議遭遇なんだし、ちょっとくらい浸ったっていいじゃない!」 俺のツッコミにハルヒが会心の笑顔のままで、しかしどこか拗ねたような口調で返してくる。 四年ぶり、か…… ハルヒのその言葉を聞いて俺の胸の内には夏の夜空の下のグランドが浮かぶ。 もしかしたらハルヒの不思議遭遇はそれが最初だったのかもしれんな。 などと感慨深げにもなったりしたのだが―― 「そう言えば、そっちのあたしさ」 「え? な、何ですか!?」 いきなり振られて思いっきり戸惑うポニーハルヒ。 「そんなにおっかなびっくりしなくてもいいわよ。別にあたしだってあたしにイロイロしようなんて思わないもん。んなの自分がやればいいし、そうじゃなかったらみくるちゃんにやってもらうから」 はい、朝比奈さんはお前のおもちゃじゃないんだぞ。 俺はジト目の横目でツッコミを入れるがむろん、ハルヒは気にしない。 「それよりも気になったのは、あなたがこいつのことを『キョン』って呼んだことなのよ。向こうの世界のこいつもキョンって間抜けなあだ名なの? あとそっちのキョンとはどんな関係なの?」 「あ……うん……その……彼が『キョン』って呼んでもいいって言ってくれたし……」 戸惑うような口調はそのままなのだが、しかしポニーハルヒはどこか純情乙女の恥じらいの表情で、向こうの世界の俺との関係を話してくれた。 なんでもポニーハルヒはこっちのハルヒと本当にまったく正反対で、しかし内気すぎるがゆえにうまく人と接することができず高校入学から一ヶ月で、やっぱりこっちのハルヒ同様、クラスから孤立してしまったらしい。その間にやはりというかなんと言うかポニーハルヒの前の席になったのは向こうの世界の俺だったらしいのだが、その俺も入学式翌日から三日ほどは話しかけてくれてはきたがやっぱりうまく受け答えできなくていつしかそっちの俺もポニーハルヒに話しかけることを諦めたそうだ。 で、一ヶ月経って、このままじゃいけないと一念発起して、今の髪型・ポニーテールで登校した。 だが、もうクラスの誰もポニーハルヒを気に留める者はおらず、髪型のことを聞いてきてくれるクラスメイトはいなかったとか。 泣きそうになって落ち込んできたところに、向こうの俺が教室に入ってきて座った途端、振り向いて声をかけたんだとよ。「髪形変えたのか?」ってな。 ポニーハルヒは相当びっくりして思わず、あっちの俺の目を見て「うん……」と答えたところ、俺が「似合ってるぞ」と笑顔を向けてくれてかなり嬉しかったってさ。 それが高校入学以来、ポニーハルヒが初めて成立した会話とも言っていた。 んで、それがきっかけになって、以来、少しずつあっちの俺と会話出来るようになり、いつしか二人一緒に行動するようになっていったんだとよ。 あと長門との出会いも一緒に話してくれた。 もちろんこっちの長門じゃない。あっちの世界の長門のことだ。 あっちの世界の長門も文芸部室にいて、こちらと同じ文芸部部長という肩書を持っているらしく、ただその肩書は単にポニーハルヒと向こうの俺が入るよりも先に文芸部に入ったがために強制的に持たされた肩書だそうだ。向こうの文芸部も前の年の三年生が卒業して部員0、休部が決まっていたクラブなのだが向こうの長門が入部したことによりその危機を免れたとのこと。 このあたりはこっちの世界と似たようなもんだな。まあパラレルワールドは並行世界。似たような、それでいて違う世界がパラパラ漫画のように空間を隔てていくつも存在している世界なんだから詳細はともかく全体的な設定が似ていたとしても不思議はないんだろうぜ。 おっと、向こうの長門とポニーハルヒの出会いのいきさつだが、ポニーハルヒは元々、小説執筆が趣味らしく、入学当初から文芸部に入りたかったらしいのだが言うまでもなく思い切りを持てなかったんだってよ。 それで向こうの俺と一緒に行動するようになって、去年の文化祭での代理ヴォーカルのお礼にを言いにきた諸先輩方に一人で対面する気概が持てなかったこっちのハルヒ同様、一人じゃ思い切りを持てなかったもんで、そいつと一緒に文芸部室のドアをノックしたとか。 んで、むろん、このポニーハルヒを向こうの俺が放っておける訳もなく、一緒に文芸部に入部したそうだ。 向こうの世界の長門の裏設定は知らんが、こっちの長門と性格はどうやら違っていて、頼りがいがあり優しい笑顔がトレードマークの部長さんだそうで、向こうの俺に続いて、向こうの長門もポニーハルヒを受け入れてくれたんだってさ。 と言う訳で、こっちの世界の長門にポニーハルヒが縋ってしまったのも仕方がないというわけだ。 この後は、その後一年間のポニーハルヒと向こうの俺と長門との文芸部ライフや俺と親睦をどんどん深めていく話へと向かうのだが…… 「それでね……ずっと彼のことを名字の『さん』付で呼んでたんだけど、クラスのみんなが彼のことを『キョン』て呼んでたんで、思い切ってあたしもいいかな?って聞いたら、彼がちょっと困った表情を浮かべてたけど優しげに『いいよ』って言ってくれて……『その代わり俺もお前のことを下の名前で呼ばせてもらうぞ』って言って……って、あの……そっちのあたし、いったいどうしたんですか……?」 「いいえぇ~~~なんでもぉぉぉ」 ポニーハルヒの思い出話というかほとんど惚気話にしか聞こえない邂逅が進んでいくに連れてハルヒは殺意にも似たなんとも表現し難い雰囲気のボルテージを上げていったのである。 と言うか、ハルヒはポニーハルヒの思い出話の中の俺が「似合ってるぞ」と声をかけたシーンの時にいきなり俺に裏拳をかまし、『二人一緒に行動するようになった』ってところくらいでブルドッキングヘッドロックを敢行して、その後の話の間中、俺に脇四方固めを仕掛けて今現在ぎりぎりと俺を締め上げているのである。 ちょ、ちょっと待て……ポニーハルヒに優しげな声をかけたのは俺じゃなくて向こうの俺だ……あと一緒にいるのも俺じゃない……つか、俺も前にお前のポニーテールを褒めてやったじゃねえか……いや、マジで死ぬ……頼むから勘弁してくれ…… 「あ、でも良かった♡」 そんな俺とハルヒの絡みあいをちょっと戸惑い気味に見学していたポニーハルヒが急に安堵感を如実に表した表情で微笑みかけてくる。 これのどこが良かったんだ? このままだと俺はハルヒに殺されてしまいかねないのだが…… 「何が?」 と言う訳で声を出せない俺の代わりに問いかけたのは肩越しにポニーハルヒをどこか睨みつけているこっちのハルヒである。 その声もとってもドスが利いているのだが、どういう訳かポニーハルヒの笑顔は崩れる気配を全く見せない。 ポニーハルヒの思い出話とこの世界に現われてからの行動を鑑みればこっちのハルヒにビビって怖じ気づきそうなものなのだが…… 「だって、こっちのキョンくんとあたしも仲良さげなんだもん。だから安心した」 うぉい! よくもまあ臆面もなく朗らかな笑顔でんなことを口にできるもんですな!? 俺のツッコミは声にならなかったが、その言葉を聞いてこっちのハルヒが即座に思わず俺を開放してくれた。 んで、 「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしとキョンは別に……と言うか仲が悪くなくて当然でしょ! だって、あたしが団長でこいつは平団員の同じ団所属なんだから仲悪い訳ないじゃない……! って、古泉くん! 何? その微笑ましいものを見るような顔は!」 「いえ、とんでもない。微笑ましいものを見るような、ではなくて本当に微笑ましいものですから」 「それはフォローになっていない。トドメ」 ハルヒの狼狽言い訳に古泉が応えて、長門が珍しくツッコミを入れた。 と言うか、俺もこんなハルヒは面白いとさえ思っている。さっきの首絞めのクレームなんざ銀河の彼方に葬り去れそうなくらいだ。 なんせ何も言い返せなくなって真っ赤になって言葉を失ったハルヒなんてそうそう見れるものじゃないからな。 そんな微笑ましいやり取りには当然時間制限があり、午後の始業チャイムが聞こえてくればお楽しみは放課後まで我慢しなくちゃないはずだったのだが今日は長門が情報操作してくれた。 どんな情報操作をしたのかと言うと俺とハルヒのクラスと長門のクラスの午後からの授業を全て自習にしたことである。 表向きな理由はハルヒのご機嫌どりでポニーハルヒと一緒に居させてやりたかったからだ。まあ、せっかくハルヒの目の前に現れた異世界人なんだ。心ゆくまで堪能させてやればいいさ。 できれば黙っていたかったんだがバレてしまったものは仕方がない。古泉と長門も開き直って黙認することにした。 むろん問題がないわけじゃない。ハルヒには『ある』と思ってしまえば現実になってしまう世界を都合よく改変できるというハタ迷惑な能力を持っているわけだから、これでハルヒは『異世界』を認識してしまったことになり、今後、わらわらと異世界人がそこら中の別世界から現れるかもしれんからな。 しかし、俺も古泉も長門も、ハルヒが別の認識を持ったことに気付いたから気にしないことにしたんだ。 何かって? それは俺が言ったことさ。 ――ポニーハルヒは遊びに来たんじゃなくて迷い込んだ―― 異世界からこっちの世界にはそう簡単に来れるはずもなく、奇跡に近い確率をくぐり抜ける、それも自分の意志ではない『偶然』というあやふやな事態が起こって初めて遭遇できる出来事であることをハルヒが理解してくれたんだ。 つまり、今回のことは文字どおり『たまたま』、異世界人と巡り会えたと思ってくれたってことさ。 こういう認識ならそんなもん、テレビや雑誌で報道される胡散臭い不思議現象とそう変わらない認識でしかないし、それが今回は(待ち望んでいたとは言え)珍しく自分の目の前で起こったってだけでイレギュラー事態としか思わんだろしな。 ハルヒは不思議な事柄はあると思っていながら逆にあり得るはずがないとも思っている訳で、ハルヒが望み、またあり得ないと思っているのは『自由に行き来できる異世界人』であり、そうでなければ常識として定着されるわけがない。 これが古泉と長門が黙認した理由だ。世界が揺らぐ心配がないからこそ放置したんだ。 もっともハルヒも含めて俺たちは是が非でもポニーハルヒを元の世界に帰してやらなきゃならないって気持ちは一致しているがな。 しかしだな。俺たちの午後からの授業を全て自習にしてまでポニーハルヒを保護しなくちゃいけないのは何故か。朝比奈さんは構わないだろうけど、それでも俺たち以外にポニーハルヒを見せたくないのであれば、この文芸部室に幽閉しておけば済む話だ。ここならSOS団以外、誰も入ってくるはずがない。来るとしても部外者しかおらず、当然ノックする。そんなもの鍵をかけて居留守を使えば済む話だ。古泉発案の傀儡生徒会長は俺たちが集まっていない限り来る訳がない。 と言うことはだ。もう一つ、このポニーハルヒを俺たちで保護しなくちゃならない理由があるわけだが、それを俺が知ったのはもうちょっと後になってからだ。 涼宮ハルヒの遭遇Ⅲ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2649.html
学校で二人と別れ、そのまま長門の家に着くまで二人とも口を開くことはなかった。 これから俺はどうなるんだろうか。 未来から来たというわけでもないってことは、やはりおかしいのは俺の方なのか。そうなんだろうな。 古泉の言うように俺はハルヒの力によって創られた存在なのだろうか。 だとしたら俺に帰る場所はない?そのうち消えてしまうさだめなのか?そんなのは嫌だ。 仕方ない……なんて簡単には思えない。くそっ、どうすりゃいい。何も出来ないのか? 『涼宮ハルヒの交流』 ―第三章― 「入って」 「ん?ああ」 正面に長門の姿。どうやらいつの間にか長門の家に到着していたようだ。 「あまり焦って考えることはない」 確かにそのとおりなのだろうが。 「すまんな。わかってはいるつもりなんだが」 まぁあんまり暗い顔してたら長門も気分悪いよな。「いい」 それにしてもやっぱり長門の家は同じだな。目の前にはいつか見た、いや、いつか見たはずの部屋とほぼ同じ光景がある。 長門らしいというか何というか。 「何が食べたい?」 作ってくれるのか?特に食べたい物があるというわけでもないんだがな。 「なんでもいいさ。得意なのはあるか?」 「カレー」 即答か。やっぱり長門は長門だな。 「じゃあそれでいいか?」 「いい」 たまに違和感があるが、これはやっぱり俺の知ってる長門に違いないはず。 これがもしも創られた記憶だっていうならたいしたもんだな。 ならこれはもう一人の『俺』の記憶と同じなのか? あいつも俺と全く同じ経験をしてきたってことになるということか。いや、逆だな。 ……どちらにしろあっちが本物か。 「できた」 気が付くと目の前に大盛のカレーが。これは多すぎるんじゃないか、長門。 「お、おう。うまそうだな」 「食べて」 「ああ、いただくよ」 カレーをスプーンで大きくすくい、口に運ぶ。その動きを長門はじっと見つめる。 ……そんなに見られると非常に緊張してしまうんだが。 「どう?」 「おいしいぞ」 「そう」 そう言うと満足したのか長門も食べ始める。 別に嫌というわけではないが、黙々とカレーを食べ続ける二人。 これって客観的に見るとかなりすごい光景なんじゃないか? 食後には長門がお茶を出してくれた。 せめて片付けくらいはしたかったんだが、 「お客さん」 の一言で断られた。なんか迷惑かけっぱなしだな。 どうにもこういう間って気まずいんだよな。せめてすることでもあればいいが。 って、のんびりしてる場合じゃないか。色々と考えないといけないんだよな。 といっても状況もいまいち把握できてないし、長門にも聞きたいことがあるし、少し休憩としとくか。 ◇◇◇◇◇ しばらく一人でゆっくりとお茶を飲んでいると、片付けを終えた長門もやってきてお茶を飲み始めた。 「落ち着いた?」 「ん?ああ、お前のおかげで少しはな」 「そう、良かった。」 そう言ってゆっくりとお茶を口元に運ぶと、一口飲んだ後で思いがけない言葉を口にする。 「あなたは私に聞きたいことがあるはず」 え!?……まぁそれはそうなんだが。何から聞いたらいいものか。 せっかく長門もそう言ってくれていることだし、とりあえず聞けるだけ聞いてみるか。 「まず状況を整理したいんだが、いいか?」 「いい」 「宇宙人的でも未来人的でもない、なんらかの力によって俺が二人現れた。 ……じゃなくて俺が現れたことで俺が二人になった、が正しいか。で、合ってるか?」 「合ってる」 「で、俺は未来から来たわけでもないから、どこからか来たのではなく造られた人間の可能性が高い。 でも俺がどうして現れたか、俺はどうすればいいかということはわからない、ということだよな?」 「……そう」 どうすりゃいいかはわからない。 かといってわかっても困るんだよな。 「しかし問題が解決してしまうと、偽者である俺はおそらく消えてしまうことに――」 「違う」 長門が少し大きく声をあげ、否定する。 しかしその様子は怒っているというよりも悲しそう、いや寂しそうだ。 「な、長門……?」 長門は持っていた湯飲みを音をたてないように静かに置、俺に目を向ける。 「確かにあなたの言うとおり、あなたが造られた人間で、消えてしまうという可能性はある。 しかし、あなたは偽者ではない」 「どういう意味だ?造られたってんなら偽者…だろ?」 長門はさっきのように寂しそうな表情を浮かべ、わずかに視線を下に落とす。 そして、再び俺に目を合わせ、はっきりと言う。 「私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス」 ――ッ!!……そうだな。 そこでハッと気付く。そうだ。長門の言うとおりだ。 「……すまん。忘れてた。長門も、同じなんだな」 「そう。私も造られた存在。しかし私は私。偽者などではない。 あなたは確かに彼と非常に良く似た存在。でもあなたはあなた。彼ではない」 言われてみればそのとおりだ。俺は俺であって『俺』とは違う。 例え全く同じだったとしてもこうして今は別々に存在してるんだからそれは違うもののはずだ。 今は一人の人間として俺はここにいる。 「ありがとう、長門。それと、本当にすまん」 「わかってもらえたならいい。気にしない」 長門のおかげだろう。少し楽になった気がする。 迷惑かけっぱなしだな。まったく。 長門は何事もなかったかのように、再びお茶に手をつける。 今回に限らずいつもいつも世話になってるわけだし何か恩返しの一つでもしたいものなんだが。 残念ながら何も思いつかん。 俺ができることはこの状況の解決に協力するくらいか。 「おそらくだが、俺かあいつが何かをすれば元に戻るんじゃないかと思うんだが、長門はどう思う?」 「たぶんそう。そしてすることがあるならば、それはあなた」 ……そうか。 俺は何かをするためにここに現れたのかもしれないな。 ……とはいっても何をすればいいものか。 「長門は、原因についてどう思う?」 「詳しくはわからない。おそらく涼宮ハルヒが関わっていると思われる」 そうなんだろうが……、 「ハルヒの力が使われた気配はないって言ってなかったか?」 「全くないわけではない。それについては古泉一樹の言ったとおり」 なるほど。大きくはないが、常にハルヒの力は感じられるってことか。 なら今回はまさに異常事態だな。 「そうでないことはあり得るにしても、古泉の説が正しい可能性が高いってことか」 「そう」 古泉の言ったとおりだとしたら、やっぱり俺はここにいてはいけない存在なのかもな。 「俺は……どうすればいい」 「あなたの思うとおりにすればいい」 長門は答えを示すことはなく、はっきりとしない言い方をする。 しかし、できることがあるならばやりたいと思う。 何かあるならばそれを教えてもらいたいと思う。 「あまり判断を急ぐべきではない」 「どういう意味だ?」 長門は無表情のまま答える。 「むやみにあなたを危機にさらすことを私は望まない」 そうだった。 これが解決すると俺は消える、つまり死ぬことになってしまうかもしれないんだった。 ならどうすりゃいい。何もやらなけりゃいいってのか?いや、それは違うはずだ。 でも……死にたくはない。けど、覚悟を決めないといけないのか?そんなに簡単にはいかないぜ。 「焦ることはない。ゆっくりでいい」 ここにきて、長門が俺に気をつかってくれていることがはっきりとわかった。 思い返してみれば、一言一言が、優しさに溢れていたことが感じられる。 ありがとう。長門。 「すまんな。迷惑ばかりかけて」 「いい。」 おそらく長門はこの事態の早い解決を望んでいる。 そして、そのうえで俺が動揺しないように言葉を選んでくれている。 長門の力になりたいと思う。何かできることがあるならやりたいと思う。 「俺に、できることはあるか?」 でも、正直言うとものすごく怖い。 長門からは見えないだろうが、さっきから足は震えっぱなしだ。 まぁこの顔色を見れば一目瞭然かもしれないが。 「先ほども言ったように、あなたのしたいようにすればいい」 俺に何ができる? できることと言えば、ハルヒと話をすることか?何か原因がわかるかもしれない。 そのためには、 「長門、もう一人の『俺』と連絡はとれるよな?」 「とれる」 「明日、少しばかり変わってもらってハルヒに会ってみようと思う」 だが、長門はすぐに電話を貸してくれず、他の方法を示す。 「あなたには何もしないという選択肢もある」 「長門?」 「確かに今の状態は不安定。あなたもいつどうなるかわからない。明日には消えてしまうこともあり得る。 しかし、そのときまでここで私と生活するということもできる」 ここで長門とひっそりと暮らすってことか。確かに悪くはないかもしれん。 けどその生活はいつか急に終わってしまうのだろう。 それも俺の意思とは無関係に。 もちろんハルヒと会ったからって何かができるとは限らない。 けどそんなこと言ってこのまま長門に甘えてたんじゃ俺はもっと何もできなくなってしまう。 それに……いや、それとは別かもしれない。 「確かにそれも悪くはないかもしれん。それでも……」 それでも、俺はハルヒに会いたい。 「電話を貸してくれないか?」 「いいの?」 「……ああ、頼む」 長門は頷き、俺に携帯電話を渡す。 5回ほどのコール音の後に、『俺』の声が聞こえる。 『どうした?長門』 「……すまん、俺だ」 『ああ、おまえか。何かわかったのか?』 「いや、たいした進展はない。少しばかり頼みごとがあって電話したわけだ」 『……あんまり無茶は言うなよ』 やっぱり『俺』も不安があるみたいだな。そりゃそうか。 「言わねえよ。……明日ハルヒと話をさせてもらえないか?」 『一日変わればいいのか?』 「それでもいいが、部活の時間だけでもかまわん。いいか?」 『そうだな……。俺もハルヒの様子は少し見ておきたいから、部活の前に交代するってことにしよう』 「頼む。助かるぜ」 これでとりあえず明日ハルヒに会うことができる。 ハルヒに会えばきっと何かわかるはずだ。 『そのくらい構わないさ。……けど、お前はいいのか?別に無理することはないんだぜ』 『俺』も気をつかってくれているんだな。まるで俺じゃないように感じるぜ。 「気にするな。もう気持ちの整理はついた」 これは嘘だ。 怖くてたまらん。 『そうか。ならいいが』 「じゃあ明日は頼むぜ」 そう言うと『俺』からの返事も待たず、電話を切った。 長門に電話を返し、『俺』とのやりとりを説明する。 「すまんな」 「何?」 「色々と気をつかってくれたのに、断っちまって」 「いい。それにさっきのは私の……」 「……私の、何だ?」 「なんでもない」 微かに首を横に振りながら答える。 ひょっとしたら、ここで俺と過ごすことを長門も望んでいてくれたのか? なら……、 「ならなおさらだ。勝手ばかりやってすまん」 長門は再び小さく首を振る。 「いい。あなたのしたいようにするのが一番」 「ありがとう、長門。」 その後、疲れもあり、少し早めに眠ることに。 長門の後に俺が風呂に入らせてもらうことになった。 風呂から出てくると、長門はかつて俺が三年間眠っていた部屋に布団を二組敷いている。 ――って、二組?長門? しかも近っ!そんなピッタリにくっつけられると…… 「一人がいい?」 「いや、そういうことじゃ……」 ないんだが。 「なら問題ない」 いやいや、ありまくりだろ。 とは言っても昔は朝比奈さんとここで二人で寝たことがあるわけだし。 長門にはこれが普通なのか?いやいや、そんな馬鹿な。 ま、まぁ別に嫌なわけじゃないし。どちらかというと……嬉しい?それに、たぶんだいじょうぶだろ。 何がだ。 などと自分にツッコミを入れていると 「できた」 と、突然声をかけられ少し驚く。 「おわっ、ああ、ありがとう」 くそっ、びっくりして変な声が出ちまった。 「もう寝る?」 「そうだな、そうさせてもらうよ。おやすみ」 「……おやすみ」 ……何だ?今の間は。いや、気にするな。気にしちゃだめだ。意味なんかないはずだ。 落ち着け、クールになれキョン。だいじょうぶだ。何もしない。何もしない。 幸せか不幸せか、たぶん疲れのせいだろうが、電気を消すとすぐに激しい睡魔がやってきた。 ◇◇◇◇◇ ここは……? 夜中にふと目が覚める。 ここは俺の家じゃないな。どこだ?……そうか、長門の家に泊まってるんだっけ。 顔を横に向けてみると、眠っている長門の顔が見える。どうやら今日のことは夢じゃなかったみたいだな。 何時だかわからんがまだ夜明けまでは時間があるようだ。もう一眠りするか。 ってダメだ。全く眠れん。 おそらくさっきは相当に疲れていたからなんだろうが、一旦目が覚めると色々と気になってしまう。 いや、断じて言っておくが、隣に長門がいるからドキドキしてるなんとことはないぞ。 ……すまん、嘘だ。それもある。それももちろんあるんだが。 今日あったこと、それから明日のこと、これから俺はどうなってしまうのか。 体が震えてきた。 いちおうの覚悟はできてたつもりだったんだがな。そうカッコ良くはいかないみたいだ。 俺は……やっぱ死ぬのかな。 死にたくねえな。 ここにきて怖い。 もしかしたらSOS団のみんなとも明日にはお別れってことになるかもしれないんだよな。 ……ハルヒとも。 けどハルヒは俺のことなんか知らないんだよな。そう考えると寂しいな。 他のみんなにはともかく、ハルヒにはお別れの挨拶もできないわけか。 たとえできたとしても実際に言えるかどうかは微妙だな。その時がきたらびびってしまいそうだ。 それでも……ハルヒに会いたい。 明日、か。 明日ハルヒに会うことで、そのせいでハルヒと別れることになるかもしれない。会わない方がいいのかもしれない。 けどこのままハルヒに会うこともできずに消えてしまうなんてもっとごめんだ。 気がつくと目の端から涙がこぼれ落ちていた。 くそっ、それでもこの気持ちはどうにもならない。 「だいじょうぶ?」 「えっ?……ああ」 突然隣から声がかかる。 「泣いている?」 「だいじょうぶだ。起こしちまったみたいだな。すまん」 「泣いてもいい。むしろそれが普通」 そういって長門は布団の中で俺の手を繋いだ。 あたたかいな。恐怖心が少し和らいでいく。 「俺のことを知っているのは3人だけ、他の人は俺がいることなんて誰も知らない。 ハルヒにも朝比奈さんにも知られることなく、俺は消えていくんだよな」 少しの沈黙。 「あなたが望むなら、あなたのことを涼宮ハルヒに伝えてもかまわない」 なんだって?そんなことしたら……、 「なにかとんでもないことが起きてしまうんじゃいのか?」 「その可能性は高い」 「なら、どうして?」 「私は言った。あなたのしたいようにすればいい、と。後は私がなんとかする」 長門はそこまで俺のことを心配してくれているのか。確かにそれはありがたいが、 「そんな。……長門に迷惑をかけてまでそんなわがままはできない」 「わがままではない」 なんでだ?これは俺だけの都合だろ? 「涼宮ハルヒから自律進化のための情報を得たいというのは我々の都合。それをあなたに強制はできない。 だからあなたも自分の都合で好きなようにすればいい」 言ってることはわからないでもないが、 「それで世界がめちゃくちゃになるとしても、か?」 「先ほど言った。……私がなんとかする」 そっか。ありがとう長門。それでもさすがに俺にはそこまでする勇気がない。 「わかった。けど俺にはそれはできない。お前に迷惑ばっかりかけるわけにもいかないしな。 だからハルヒにも俺のことを話したりしない。けど、一つ頼みがある」 「何?」 「俺が消えてしまうことになっても俺のことをずっと忘れないでいてほしい。 そして、いつか全てが終わって何も問題ない時がきたら俺のことをハルヒに伝えてほしい」 ………… …… 返事がない、ただのしかばねのようだ。……じゃなくてどうした長門? 「な、長門……?」 何かあったのか?まさか寝ちまったんじゃ。 「……頼みが二つになっている」 あっ、しまった。ははっ。 と、思わず笑っちまった。 「すまん、じゃあ頼みは二つってことで」 「わかった」 心なしか長門も笑っている気がしないでもない。 「私はあなたのことをずっと忘れない。……ずっと」 そうか、長門がずっとというならそれはずっとなんだろうな。 「このまま、手繋いだままで寝ていいか?」 「いい」 「そっか、じゃあおやすみ」 「おやすみ」 ◇◇◇◇◇ 第四章へ
https://w.atwiki.jp/kyokotan/pages/46.html
トップページ >SS > その他 すごく短いもの、ネタっぽいものはここにまとめて置いておきますね。 夕食(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/199) 閉鎖空間緑地化計画(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/264) 素直になれない(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/279) 森さん(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/281) 1000円(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/418) アメニモマケズ(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/422) いつものメンバー(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/438) ふんもっふ(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/469) アッー!(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/511) うぐぅ(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/582) ポニーテール(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/601) タコさんウインナー(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/663) イリュージョニスト(【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ/683) 橘京子の一日 8スレ58~59 8スレ111~114 きょこたん諺集 8スレ365 8スレ490 8スレ495 8スレ510 8スレ523 組織の実態 8スレ540~541 小ネタ レインボー・キョウコ 8スレ639 甘えん坊京子 妹きょこたん 『昆布と幹部と作者の楽屋落ち』 8スレ688 8スレ738 8スレ766~771 8スレ772~783 8スレ798~799 8スレ818~821 8スレ828 8スレ859~869 無職・橘きょこの12月29日 8スレ939~945